テラノハ

言葉は涙だ。とベケットは言った。

いまさら見たっすよ『キャプテン・マーベル』

(※本稿は『キャプテンマーベル』『メッセージ』『テルマ&ルイーズ』のネタバレを含みます。※追記:また文中にミソジニックな書き方をしてしまった箇所があるため映画本編から得た学びをいかせていないと感じます。2019/04/15追記終わり )


「〇は感情的」というセリフを1度でも口に出してしまったらこの映画を面白く見れない呪いがかかっている。〇には女や男が代入可能。無論、日常で口にしてはいけない。

もちろんそんな呪いなど存在しない。
あるのは映画だけだ。
ここにあるのも映画の感想だけなので呪いではない。

キャプテン・マーベル』面白かったあ!
まず映画としての基本理念が「90年代を舞台に90年代ぽい映画を作る」というもので、それは大成功してる。若返ったサミュエル・L・ジャクソンが出ていたり(『ダイ・ハード3』)、ブロックバスタービデオ(アメリカローカルのレンタルビデオ屋さん)に落ちてきたりするあたりの目配せ(90年代映画を作るよという合図)に気づけると楽しかった。他にも終盤女二人が飛行機を操縦して渓谷を飛ぶのは『テルマ&ルイーズ』じゃん!と思えて胸がいっぱいになった(精確にいうとそこに気づけた自分に酔った)。
主人公のキャロルが表情を全部顔に出してくれるタイプの女の子で、普段感情を顔に出すのを抑圧してる身からするとめちゃくちゃ嬉しくなってしまった。

・実は中だるみ
序盤の《地球の一般的な20代の女の子として扱われるとイラッとしたり、ジョークに変えるキャロル》が見れるとかなり楽しかったが、中盤以降はバトルアクションパートになるのでそこはまぁまぁだった。そこのまぁまぁ具合も90年代のノリというか、およそ2019年の映画とは思えないテンポだった(同じヒーローオリジン映画なら『アクアマン』の方がサービス精神満載で好きだよ)。それすらも計算のうちだろうからこれもぐじぐじ言えたもんじゃない。

男の子的なもの《対決》をしない、する気もない。という所がキャロルのとてもいい所で、しかしそれは映画とは相性が悪い。
この人はこういう人です、こういうことに怒りますを重ねていって最後に怒らせてたものを倒すことでカタルシスを得る
という作劇はわりとあるあるである。MCUのオリジンものももうかなり数を作ってきているのでここにきて変化球を出してきたなーと思った。
キャロルがどういう人なのかを分からす時にドゥニ・ヴィルヌーヴの『メッセージ』というSF映画と似た手法、人格は同じなのに時制が急にジャンプするという分かりにくくなるやり方がされていて、混乱をきたす人はきたす。その混乱もキャロルの混乱と同質なので狙われたものなのに、ノイズになることもあるから悲しい。

キャプテン・マーベル』を上手い映画か、ときかれたら「そんなに」だし、好きな映画かときかれたら「かなり好き」だ。おすすめのヒーロー映画か?ときかれたらもっと色々あるだろう。

だけど「君は女の子だもんね」と言われてキレたことがある人ならぜひ見てほしい。おれは男だからマンスプレイニングみたいにならずに、こういう勧め方をするのはめちゃくちゃ難しい。けど自分の中の女の子的な部分に嫌気が差したことがある人(俺は男だけどある)にはかなり刺さる。刺さる人がかなりいるのに、
「女なのにヒーロー映画みんの?」
「いきなりキャプテン・マーベルみるなよ〜『アイアンマン』からでしょ〜」
「なに?笑 彼氏の影響?笑」
「これをダシにして男漁りすんの?」
とかいうクソみてぇな男の言動のせいで『キャプテン・マーベル』が、MCUが、映画が見られなくさせられるかと思うと立ちくらみがしそうだぜ。

ついついカドが立つ言い方ばかりしてしまったが、『キャプテン・マーベル』はそういう《男子的なもの》をかわす映画だからこういうブログを書いてしまう時点で映画からなにも善性を学べてない。
ただの映画と思うだろうが、おれには感情のお手本だ。

どうしていま公開されたのかといえばエンドゲーム前のこのタイミングしかキャプテンマーベルの仁と柄を顔見世出来ないからで、これをするっつうことはエンドゲームがどえらい事になるということで、それはとてもいい事だ。

とりあえず今日はここまで考えるのが精いっぱい。