テラノハ

言葉は涙だ。とベケットは言った。

R.l.P ユウヤウチダ

ロックをやるには僕は体が弱すぎた。

その体の弱さを発散するのがロックなのかもしれないが、弱さをぶつけるには心が柔らかすぎた。

女にぶつけるのもタバコを吸うのもコーヒーを飲むのもお酒を吸うのも立派なロックだったけどどれも僕には難しかった。

優しい人にばかり負担をかけるのはダサいからダメ。
タバコを吸うのはかっこいいけど呼吸器が雑魚いからダメ。
カフェインの不安作用でなにもできなくなるからダメ。
アルコールの酩酊を理由に人によりかかるのはダサいからダメ。

ダサいことはイヤで、ロックはダサさを嫌うからとことんロックになれなかった。

完璧になるなんて無理なのはハナから承知で、無理を通すのがロックだと思った。
大切なものを大切にするのに傷つけることを選ぶ人間はロックだ。
自分の体にしろ、身内にしろ友達にしろ、傷つけることからしか始められない人間をロックと呼ぶとき、「そばにいないでほしい」とギターがわめく。
「でもそばにいて」もドラムが叩く。
そういうアンビバレンスな気持ちを伝えられるからロックは便利だが、ロックは道具じゃないので不便な方がいい。


急にロックの話とかしといてなんだけどバンドをしたりしたわけじゃない。
ユウヤウチダのことも何も知らない。樹木希林という死ぬほどロックな女の特殊な旦那さんくらいにしか知らない。
内田也哉子さんの弔辞が素晴らしかったことだけは辛うじてわかる。

人の死をダシにしていっちょかみしたがるやつはかなりダサい。「だせェくらいなんだよガマンしろよ!」も言わずもがなロック。
でもそういうのも杖を突き出して「ロケンロール」といってくれそうなユウヤウチダ。

多分だけど岡本太郎もこんな感じだったと思う。
「かなり変だけどテレビに出てる面白い変なおじさん」
一言でくくられるとこれ。さらに余計に一言いえば
「隣には越してこないで」

でも岡本太郎もユウヤウチダもテレビには見えない強烈なものをどっさり抱えていて、そういう人間はいつの世も死んでから「死んでほしくなかった」といわれる。

いつもいつも自分の話。
ついこの前、東京でごく短くお世話になった男性の、まだ来てない葬式のことを考え始めたら泣いたので供養として書きました。

やりたい音楽ですか?
山下達郎です。