テラノハ

言葉は涙だ。とベケットは言った。

はやく会話のプロになりたい

イヤミっぽいと思われてる時点ですべての会話に向いてない。本当におめでとうと言いたいだけでそこにお祝いの気持ちを100載せたいのに、イヤミっぽい人だと思われているので勝手に悪意を感じとられたら悲しい。


昔、1年ほど昔、カーテン越しに「bepって、生きづらそうだよね〜〜ギャハハ」という面識のない後輩数人による悪口をきいた。
その時はその後輩たちの大一番の前だったので凄みにいくとか迷惑はかけず聞いてないフリをしてあげたが、今考えると凄んでおけばよかったかもしれない。
すごみ方は分からないのでニッコリ笑って発言者に近づくとかそういうサイコみたいな絡み方をしていたと思う。まぁそんなことをするほど大事な相手でもないし、こちらも疲れるだけなので今ここで脳内で殺した。たぶんあれから4回目のメッタ刺し。

よく、悲しいことでもネタに出来て1人前みたいな聞いてないのに大人ですって感じのアドバイスを披露してくれる友達がいるのだが、そういうことじゃない。俺も元気な時はそう思うが、今は元気じゃないのでそう思えない。

悲しい時に悲しい気持ちに蓋をするのは大人な態度だけれども、悲しい気持ちが消えていくわけではなくて、ひっかき傷を残して蓋付きの容器のそこここに溜まるだけだ。
また新しい悲しい気持ちがやってきた時に、容器の内側をずりずりと音を立てて滑る新しい悲しい気持ちが、昔の分の古傷をえぐって落ちていく。

そうやって悲しみに関する知見だけは増えるが、体が言う事を聞かなくなってからは嵐が過ぎるのを待つように寝込むしかできない。

「筋トレしよ!」
いま筋肉至上主義の友達が通り過ぎましたね。
こちらは健康を維持する分の健康が足りません。

楽しい話が読みたいよね、春だし。
いま手持ちがないのでまた今度。