テラノハ

言葉は涙だ。とベケットは言った。

すっぱいぶどう、バカにしてごめん

すっぱいぶどうの味がする。

どうしてあそこに成ってるぶどうを取らなかったの?ときかれて
すっぱいぶどうだったからという負け惜しみを基本コードにするイソップ童話がある。

ぼくが東京にいこうと決めたのは全部自力で自由意志だと思っていたけど、たまたま運が良かっただけで、少しも自分がすごいわけじゃなかった。

どうして東京行くのときかれて
「すっぱいぶどうが嫌だったから」とよくかっこつけて答えていた。
微妙な位置にあるぶどうに手を伸ばして取れなかったところで「あれはすっぱいぶどうだったからだ」と答えるキツネ。
僕はこのキツネになるのが嫌で嫌で、どうにかぶどうに手を伸ばしていた。むしろぶどうに手を伸ばさずんばキツネにあらず、くらいの勢いで手を伸ばしていた。

けど問題は、家庭の事情や経済的理由でぶどうに手を伸ばすどころじゃない友達のことを知らず知らず踏んづけていたことで、本当に今更オブ今更ながらごめんなさいと言いたい。
あなたが集めている木の実の大切さにやっと気づいたというか、日々の暮らしのためにあなたがした選択があたかも僕の選択に劣るかのように声高に叫んだ日々を反省する。
取り返しがつくとは思わないけど、人間は自分の物語しか読めないし、一人ひとりの地獄がある。
反省したからって許してもらえるわけじゃないけど。

ぶどうに手を伸ばさないのはぶどうが欲しくないからじゃない。
ぶどうだけがこの世の木の実じゃない。
まともに勉強してまともに就活する甲斐性がない僕の、自分に酔うための安っぽい屁理屈だ。
きつねはぶどうだけを食べるために生まれた生き物ではないのに。

僕の屁理屈にも、あなたの選択にも等価に価値があると信じたい。信じるくらいは許してほしい。

なにが言いたいのかわからなくなってきた。
だからえっと
僕が東京にいくのを羨んでくれた君の気持ちも、いまそこで毎日働いてる君の気持ちも全部全部ただしい。

ざまぁwwwwと思っててもいいから生きてるうちにまた会いましょう。