テラノハ

言葉は涙だ。とベケットは言った。

女子教育ってだいじやん

・女子教育めっちゃ大事
最近よく女性問題という名の性的暴行事件があるが、男尊女卑を根深く社会形態に組み込んだ我が国ならではというか、価値観が古い社会の問題だと思った。
昔は飲む・打つ・買うという三遊亭の三遊が男の遊びみたいに言われており、この中で明らかに他者を組み敷くのが買うである。

仮に遊女になるしか女性に選ぶ道がない(他者の意のまま操られ好むと好まざるとに関わらず性交ないし望まない行為を強要され著しく心身を毀損され続ける)社会だと100の女性が遊女になる。仮にこの状態を男にとって選り取りみどり女を選べる都合の良い状態とする。同性愛の人は取りこぼしてしまう、すまない。いつか。
先に断っておくが遊女になることが悪いことなのではなくて、弱者が他者の意のままに好むと好まざるとによらず自尊心を毀損され続けるしかない状況とそれを望む人が悪いのである。
一時期成人式の振袖の着方が花魁だの夜鷹だのと騒いでた人がいたので念の為。
もっというと職業として選択していないにもかかわらず男から遊女じみた扱い(サイバラの言葉を借りればいい嫁はいい女中、とか)を受ける危険も孕んでいる。
この社会では人間の半分のうち、一方にとって都合がよく一方にとって都合が悪い。しかも誰もその側を選べない。選べないので不利な側は有利というより50:50にしようとするが、有利な側はそうはさせじとハッスルハッスル。

「ええもん食わせたる」「ええもんこうたる」「ええべべきさせたる」
昔のドラマとかに出てきそうな親父のセリフ。
機嫌さえ取れば相手の人権を奪えると思っているセリフ。
「女はワガママ」「女は感情的」「女は気分屋」という言葉はそういう女は扱いにくくて困る、男にとって都合が悪いの言い換えで、「男はワガママ」とは言わずにワンマンな男、情熱的、天才肌みたいになる。 たまに女だてらにとか女流とか女々しいとつくが、対義語はない。男勝りとか雄々しいとか褒める系はある。
それが日本の美しいことば・文化だよという人がいたら、どうして性別と言葉が分かれてないのか考えてほしい。考える力もないなと思ったらシコるか酒飲んで寝てなさい。
「その〇〇(映画、音楽、美術)、彼氏の影響?」というのは女は学がない方が{俺色に染められるから(髪の毛かよ)}男にとって都合がいいのでそんなものを知ってるはずがないという前提に成り立つ呪詛。知らなかったものを知り、選び取れる自尊心が人にはある。男だろうと女だろうとそうじゃない人だろうと。

話がそれてきた。
女子教育が大事なのは、女子の自尊心をきちんと育てて他者の意のままに扱われる危機を減らすためだと思う。というより教育は女子だけでなくすべての子どもがもつ権利だ。
昔、大学入りたての頃、早稲田でブイブイ言わせ始めた同級生が「合コンでくる女子高出身者が品がない」といっててふーんと思った。
女子高といえば楚々として大和撫子みたいなのを僕も想像していたのでそういうもんなのかと思っていた。
その後、僕が演劇の養成所であった女子高出身者は自立心が旺盛というかそれ以外の同性の友達と変わらないばかりか、もっとかっこよかった。
ここで大事なのはかっこいい女性を認めるという態度ではなく(これは政治家がよくやるやつ)、彼女たちがそうなりえたのは多感な時期に男子の存在・ひいては女らしさを強要する存在なしに女子高で自尊心を育んだからなのでは、というところである。
さらに言えば女子高にいってようが、いってまいが男子としてでなく女子として扱う、というのでもなく一個の人間として接することが出来るか、みたいなところがある。知らんけど。

端的な例を出しただけだけど、早稲田の友達が思ってた女子高のイメージは男に選ばれるために品よくあるべきという価値観を刷り込まれたもので、僕があったのは女子の自立をきちんと促していた学校だったのかもしれない。
ここでは女子高に行ける家庭環境か否かは根気がないので扱っていない。

価値観は変わるものである。
いま切腹で責任をとる人はいない。人間をモノ扱いするすべての暴力に中指をたててやれ。

価値観は培養されるものである。
僕もかつては機嫌の悪い女子を見て「生理だわ」と男同士でニヤニヤしていた気持ち悪い人間で、そこから変わったとはあまり思わないが、少なくともこんなことを考える風になった。悲しんだり怒ったりしてる人を相手にもっと優しく言わなきゃわかんないよとトーンポリシングじみたことをしていたこともある。
マスキュリニティの足りない人間なのでこうなったのかもしれないが、かつて流されてきた女性の涙にせめても報いてみたい。できればこの文章の性別をひっくり返しても意味が通るならいい。分断するものはたしかにある。男と女で大別した時に取りこぼされたあわい。お金がある人とない人とか。田舎と都会とか。そのすべてに悲しみがあり、そのどれもが正しい。

人は人と分かり合えないが、例外もある。

こういうふうに一々かっこつけるのは男の子だからじゃなくて、僕だからなんだぜ。