テラノハ

言葉は涙だ。とベケットは言った。

サラバ愛しきかなしみたちよ

めちゃくちゃ快晴じゃないです?
もう夏。このまま暑いなら暑いでええけん、途端に寒くなるのだけやめてほしい。
不安定なのは僕の将来だけで十分です。

3月ぶりに帰省した。
あの頃はまだ寒く、体も弱く、ごはんもそんなに食べられず、父も母も僕を見る度に顔に心配の色が濃かった。
今回は2人ともふーん、おかえりくらいの無感動な出迎えだった。
元気なことが日常になり、体調不良が非日常になってきたことを物語るエピソードであるなぁ。
このブログではしきりに寺の子アピールをしていたが、この度は寺の行事の手伝いで帰ってきた。
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毎年六月の頭に別時念仏会という朝から晩まで木魚を叩いてビートを刻み、称名念仏をするやつである。
ネットで宗教の話をするのはあまり得策ではなく、それは宗教がちんこと同じ程度にグロテスクな見た目をしているからである。
ちんこは綺麗な手で扱うべきで、人前で晒すのは不作法で、勝手に気持ちよくなるのは危険である。

なんというかぼくは小さい頃からこの行事が嫌いだった。
全国各地から有徳のお坊さん方や檀信徒のおじさんおばさんがやってきて家の中が慌ただしくなる。父は掃除に僕を動員し、母は料理作りでてんてこまい。小さい時分はやってきたおじさんおばさんに可愛がってもらえたりお小遣いがもらえて嬉しいところもあったが、中高の頃は嫌で嫌で仕方なかった。
なにより当たり前のように、無料の人足の如く廊下拭きや庭の草取りをやらされるのが気に食わなかった。
正しくいえば行事が嫌いというよりそれにまつわる父のピリピリした態度に半ばビビり、嫌がる自分がいやだったのだと思う。

でも今回は違った。
溝さらいを半日やったが、妙に楽しかった。父が膝を痛めて気性が穏やかになったからなのか、僕がごはんを食べれるようになって元気に人と関われるようになったからか、Bluetoothスピーカーで斉藤由貴とか尾崎とかHOUND DOGの曲をかけながら作業したからかはわからぬ。
でも側溝の溜まり場に沈殿する砂利をスコップや十能で掬うとき、それはまた半年間の悩みや苦しみといった諸々の余分な感情のようにも思え、それが水中から大気中に積み上げられると、よくわからんけどスッとするところがあった。
廊下拭きも膝は痛いし、嫌いだったのに筋トレとしては実に効果的なことに気づいてからは妙に楽しかった。中高の頃は疲れるばかりだと思っていたが適度におやつを食べてカロリーを摂取していれば問題なく駆動することもわかった。
自分の機嫌は自分で守らないといけないとぼくは知っている。
僕の機嫌がいいと、父や母の機嫌もまたいいように思われる。それはご機嫌取りをしてる訳ではなくて、イライラをぶつけあわずに済むからだ。

ほんでもってこの三月に山姥という能を見てから、修験道とか山の民とか目に見えないものを信ずる芸能にお寺が深く関わってることを知ってから数珠をつけるようになった。
いつも1時間半から2時間ある念仏のうち、まともに出来るのは30分が限界で、あとは時計を見てはまだ5分しか経ってないやんけなどと心中で苦々しく思い、脚を崩してだらしなく木魚だけを叩いたりしていた。
今回は発声と姿勢の訓練やとおもって取り組んだら妙にのめり込み、1度も時計を見ずにやりきることが出来た。その時の驚きは小五の時に島の遠泳大会で隣の島まで800m泳いでふと足がついた時みたいだった。諸行は無常ですなぁ。

わりに孝行した帰省だった。
祖母も父母も僕を見る時に不安ではなくて嬉しそうにしてくれたので僕も満足である。
帰属する集団にどの程度貢献できているかで幸福度は変わると薄々気づいているがやっと実家でもそれがわかって、東京に戻るのがちょっと早い気がした。


来週から次の稽古が始まる。帰省中に読もうと思った台本のサブテキストのリア王はまだ半分しか進んでない。
では続きを読みまーす。