テラノハ

言葉は涙だ。とベケットは言った。

SNS展にいきました。

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SNS展にいきました。二日も続けていきました(一人で行ったあと後輩に勧めたら乗ってきたのでついてった)。
3331アーツ千代田というなんて発音するのかわからない、おしゃれなギャラリーです。廃校になった中学校の校舎を使っているので素敵な建物でした。

お目当ては燃え殻さんの展示。
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ブラウン管によく分かんないけどかわいいモデルさんが映されてて、燃え殻さんの過去のツイートが叙情的に読まれるわけです。東京の町並み、渋谷とか下北沢とか僕もこの3年でいくようになった見覚えある場所で撮影されたようです。
『僕たちはみんな大人になれなかった』の実写版というか、ナイーブさがうまく映像と音に同期しててエモかったです。父の友人から譲ってもらったフィルムカメラNATURAclassicaのおかげでエモい。
えもいわれぬ感情。

他にも最果タヒさんの展示も好きでした。
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一言一言に孤独とそれにまつわる甘い感傷があり、文字が透明の板から透けてるあたりも妙にSNSの雑然とした感じがよく出てて好きです。

個人的にヒットだったのが能町みね子さんの有名人人気投票で、朝ドラとか大河に出ると途端にランクがあがるのが如実にわかる。星野源が無双の強さ。
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なんていうか、snsのおかげで可視化されたものは果たして見えない方が良かったのかどうなのか。
人々の自意識には基本コードがあり、それは孤独と言えるのかもしれないなと思った。
でも、自分がひとりではないことを確認せずにはおれないのは人の性で、それを冷笑したり黒歴史といえるほどぼくは楽しい人生を送ってきてないのである。
人生楽しそうな人がずっと怖い。
仲間とか地元とか親とか、そういった地縁血縁の中で育まれている愛というものがどうにも僕には心から理解できない。
最近やっと実家に帰省するのが楽しくはなってきた。それとても離れてみてやっと味わえる類の感想である。

SNSが可視化したのは、有名無名を問わず文章のセンスがない人は致命的にないという冷厳な事実でもある。
このように言葉に拘泥して生きている人間からすると140字の中でなにかを伝えるということに呻吟したりほくそ笑んだりすることのない人が恨めしくもあるが、決してそのようになりたいとは思えない。
僕のこの根暗は今までもこれからも大事にしていくべきものである。

時間は不可逆だから、SNSや電気通信のない生活など想像もつかないしこの便利さを享受しないでは生きていけない。
でもどこまでいっても人間は孤独なのだということがまたあからさまになったと思う。
だからなんだという話。
孤独なのは大前提であって、だからこそ人と関わろうとすべきだし、だからこそ安易に他者に甘えては身を滅ぼすと思った。

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LINEモバイルさんの提供で無地のトートバッグにスタンプを押した。
ヴィクトール・E・フランクルのこの言葉のように、世界を照らそうとするものはその身を焼かねばならないのだ。

五月の日差しは日に日に熱い。
体を大事にしましょう。