テラノハ

言葉は涙だ。とベケットは言った。

読んだぜ!三島由紀夫『宴のあと』

三月に仲良しの塾の先生、猫ギターさん(@nekoguitar)とこに遊びに行ったらこれ面白いですよと貰ったのが『宴のあと』だった。

社会の授業で裁判沙汰になった作品として資料集に載っており、『チャタレイ夫人の恋人』とかとおなじく名前からいかがわしさを感じていたのだが、読んでみると想像をいい意味で裏切られた。

艶笑系というか老政治家と料亭の女将の閨房のくんづほぐれつを修辞の限りを尽くして描写するのかなーとか思ってたらそんなことはなく、惹かれあっていく老人と中年のロマンスのあわいが精密な漢語表現の対句によって鮮やかに書かれていた。それでいて、妙に気配がエロいというか、村上春樹の文章を読んだ時に感じる澄明感、この感触を表す言葉はこれしかない、この感覚に名前をつけたいと思ったことはあるがまさにこれだったというあの感慨に何度も浸ることになる。

刊行が昭和35年。1960年。三島由紀夫は1925年の生まれなので35になろうという年である。
僕が一番すごいなーと思ったのは主人公福沢かづという50過ぎの女性の内面の描写の巧みさ、料亭ならではの料理の献立の細かさ、着物の描写の行き届いたところなどである。
直情型というか思い込みの激しいタイプの女性というのはたしかにいて(女性がみなそうだとは言わないが観測件数がそれなりにある)、うちの母にも似たところはあると思った。自分がこうと決めたらそれがどんどん熱を帯びていく強さというのは誰もが持ちうるものではなくて、それはうまく作用すれば大勢をしあわせにするが、ちょっとボタンをかけ違うと周りが大変な目にあったりする。
主人公かづの向こう見ずな気ままさ、気風の良さはみてて気持ちがいいし、野口雄賢の実直さ、永山元亀の永田町の脂ぎった感じ、山崎のテキパキとした感じなど舞台化・映像化したら楽しいだろうなと思った。
さっきWikipediaみたら山本富士子森雅之で映画化の話もあったらしくおおーと思った。
僕だったら
かづ:真木よう子
野口:田村正和
山崎:松坂桃李
永山元亀:笑福亭鶴瓶
とかでやりたいと思った。

それにつけても三島の、小説家の想像力というのは偉大だと思う。実際の事件がモデルとはいえ、内面のいきつ戻りつする気持ちの揺れみたいなものが確かな肉感を伴って書けるというのはすごいと思う。自分が経験したことを書く小説というのはいつの世もあるけども、想像力だけで自分とは違う年の離れた女性のことを書いて実があると思わせるのはえらい。三島由紀夫ほんま変態だと思う。

くわえて政治活動の熱狂と空疎さみたいなものも面白くて、その虚栄感がまたタイトルとよくあってた。
東京に暮らしだしてなんとなく土地勘がついたのもあって出てくる地名とイメージがあるので面白かった。

金閣寺』を高校生のときに読もうと買ったものの半ばで諦めて三島は合わんのかなと思ったがこれはピタリとあって楽しく読めた。
人に本を薦められる人になりたいなー。