テラノハ

言葉は涙だ。とベケットは言った。

伊達男、やたらに花をあげたがり

花をあげるのが趣味である。

特に理由もなく花をあげると気味悪がられるのでなにか祝い事、舞台の初日とか千秋楽、スタバでライブをする先輩とかにあげる。誕生日はまだ勇気が出ないのであげたことがない。
昨日は白いラナンキュラスを一輪ずつ3人に渡した。
同期2人と4期上の先輩に。
きっと人間関係のストレスの皺寄せはそういう若手に向かうのだろうから、花でも贈ってみたくなったのである。
「がんばったね」も「がんばれ」もあれこれ言葉にするより勝手に花を見れば浮かんで来そうな気がする。花言葉までカバーしてないけどとりあえず白くて豪華な花だったのでそれにした。
花は意外と高い。一輪ずつだけど3人分なのでわりとバカにならない。
お金がなくなったので昨日の夜海街diaryのブルーレイなどを売りに行った。
自炊して必要経費を抑えているのはこういう時に逡巡なく花をあげたいという衝動に従うためである。
衣食足りて礼節を知るという言葉があり、ある種の真理であるが、僕は気位が生来高いので人に花を贈れる自分に酔うだけで食費とか全然削れる。
自力収入がきちんと得られるようになってもこの趣味はなくしたくない。いやむしろいまからその心意気を育てておかないと一生吝嗇の守銭奴だと思う。
お金は兌換してナンボである。花の代金を人に握らせても面食らわせて怪しまれるだけだけど花にして渡せば驚いたり喜んだりしてくれる。

僕は別段イケメンでもないけど伊達男にくらいはなれるし、なりたい。
やたらに花を摘んできてこの趣味の素養を育ててくれた母に感謝する。