テラノハ

言葉は涙だ。とベケットは言った。

2018-04-05の毒

イライラしている。
暖かくなったかと思ったら寒くなって情緒が変になったのもあるのだろうが、お金が無いせいでイライラしている。
より精確を期すなら今後の生活にかけられるお金の計算を意識無意識問わず気にするがために脳の処理メモリを常時食われているので落ち着かない。
実家から仕送りをもらって恵まれた家庭環境で東京で好きなことをしておいて、なにを偉そうにと説教してくるタイプの他人は強めのグーで殴っていく。今年の僕はオラついているんだ。

お金は使うと無くなっていく。知ってましたか?

さっきキングスマンとゼログラビティのブルーレイを売ったお金を足して実習費を払った。納入期間中に納めたので窓口で経理のおばさんAに褒められたが、別に嬉しくもなんともない。なるべくならこの窓口には寄り付きたくない。早くむじんくんにしてほしい。
以前滞納した時、「ここは事情を聞くところじゃなくてお金のやりとりするところだから」とおばさんBに言われ、後に親の金で納入にいったら顔と名前が一致しないのよーと自分の脳の処理能力の低さを恥ずかしげもなく開陳できる厚顔さに軽く目眩がしたので以来、嫌いである。
とにかく今日の僕はイライラしている。

僕は別に誰かの内弟子になったわけでも徒弟や丁稚をやりに東京に来たわけではない。
親の金で暮らしてるニートだとなじられることもあるが、少なくとも僕はそうやって他人の懐事情を斟酌して他人を傷つけようとは思わないのでそういう低級な人とは一緒にならなくて本当によかった。
そもそもバイトしてたり苦労してることを称揚しないとやっていけないのはすごくグロテスクだし、高校野球箱根駅伝と同種の苦しんでる若者を安全地帯から鑑賞して感動していられる人間の下卑た好奇心に吐き気がする。
今の日本で生きるというのは忠誠を誓うおじさんを選ぶことでしかない気がしていて(これはニートにありがちな書生論なのだが)、少なくとも僕はどのおっさんにも忠節を尽くせない。

人はイライラするとアタリがきつくなり、お金や時間の余裕のある人は他人に対しても優しくすることが出来る。幸いにも僕は金を稼ぐ能力に欠けるがゆえに余裕をもって自分以外の現象界と対峙できる。今はその余裕がなくなったのでこのようにざらついている。
まぁなんかイライラするのも疲れるよね。


先日稽古場で演出家から「やる気がないなら帰れよー!」ともはや伝説上や再現ドラマの中でしか聞かないフレーズを送られてすごく面白かった。
よくもまぁぬけぬけとそんなセリフを表現者・創作者の端くれの人間が言えたもんだなーと半ば感心半ば呆れた。
自分のことは進歩のないジジイだと思ってろとのたまっておきながら、他人には忍従や改善を迫るその背反には軽く目眩にも似た苦笑いが浮かぶだけである。そういうやり方で今まで世界になかったものが生まれることはなく、進歩はなく、その演出家以上の表現者は芽を摘まれていく(その演出家以下の表現者はそれなりにはなれるとも言えるし、萎縮してダメになる確率も高い。僕がその演出家以上だとは現時点では思わないが少なくともそうなりたいとは思う)。
別に公立の学校ではないので建前として平等を説かれたいとも思わないが、一個の人間として非効率的なまま、それでもなおのうのうと愛されることに疑いのない人を見ると、いい時代に生まれましたねーと思う。
社会生活を営む上で問題のない精神疾患を性格と言い換えているだけだと常日頃思っているが、本当に周りを踏みつけて生きていける強さは本当に羨ましい限りである。
別に厳しいのは稽古のやり方だけで、普段は体は悪いが気の優しいじいさんだから彼の人格を攻撃したいわけではなく、自分のやり方の現状を認識しておきながらその妥当性を直視せず、年齢を盾に甘えるあたりが実に不快である。
そういう人たちをいろんな意味で引退に追い込めるように僕は早く一人前になりたいものである。

やはりイライラするとたくさん書いてしまう。
人を殴りたくなる気持ちを現実で晴らすのよりネットで獅子吼するしか能がない方がいいのかもしれんな。
でも僕は現実に言葉で対決したい。陋屋で窮す気はない。

とりあえずごはんでも食べます。