テラノハ

言葉は涙だ。とベケットは言った。

供養≒リメンバーミー

この前『リメンバーミー』を見た。
メキシコの死者の日は『007スペクター』から流行りなのか、BVSにも出てきたし、デルトロが製作した『ブックオブライフ』というアニメもよく出来てた。
正直ビジュアルとか話の展開とかもう出来るとこは残ってないのでは?と思っていたけどそこはさすがディズニー×ピクサー
死者の国に生者がいくことになり、なんやかんやあって生還を期すというのは神話にもよく出てくるプロットである。オルフェウスしかり黄泉比良坂しかり。
映画でもバックトゥザフューチャーがモロこの類型で、リメンバーミーでも写真が重要なマクガフィンだったことをおもうと、スマホで写真を撮る時代でも物質としての写真には価値があるなと思った。

もちろん歌曲の良さは申し分ないのだけど、寺の息子的に燃えたポイントが何個かあって、主人公ミゲルは代々続く靴屋の長男、先祖が音楽をするために妻を捨てたことから妻その人(ママイメルダ)によって5代に渡って音楽を禁じられている。
ミゲルは隠れキリシタンよろしく音楽を愛しているのだけど、祖母を筆頭にその姿は烈火のごとく怒られている。家族のルールが一番大切なんだよ、という愛の歪さが毒親っぽくて、反抗期なりたてのミゲルは家を出る。
うちはそんなに代々続いてもないし毒親でもないのだけど、家族の中だけで発動しているルールによって個人の安寧を脅かされたようなことは覚えがある。
『モアナ』も同じようなテーマだったけどディズニーは少年少女よ家を出よ……そして、というのが流行りなのだろうか。
この【……そして】に当たるパートがちゃんと後半にあるのでそこの融和、redemptionが個人的にカタルシスだった。
『リメンバーミー』の基本テーマは死者の死であり、それは忘れられてしまうことによって起こる。
寺の息子的にはここの供養追善な感じはわりと萌えた。

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ほんで先日本郷にある東大仏教青年会というところで山本空外上人展を見た。簡単に言うと浄土宗の偉いお坊さんでうちの祖父・伯父・父の師僧ということになる。
ネットで検索してもそれなりに逸話や伝説が見られると思うが、僕には幼少期から口承芸能のノリでよく聞かされた上人の事績・墨蹟、作陶の数々をやっと伝説でなく現実として見る機会だった。
上人がいなかったら祖父はお坊さんになってなかっただろうし、それはつまり祖母と結婚して父が生まれることもなく、母と結婚して僕が生まれることもなかったわけで、すごく不思議な縁を感じる。
血も繋がってない人によって自分のルーツが大幅に決められていた、というのは改めて気づくと本当に意味がわからん。無量寿だね。


宗教は胡散臭いイメージがあるのでネットではあまり語るべきとも思わないのだけど、僕という人間を規定する上では避けては通れない部分なのでベラベラ自分語りしてみた。
この企画展は十七回忌に合わせたものらしく、これもある種のリメンバーミーである。いやミーのことを思い出してるんじゃなくてheのことなのだけど。
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クセがすごいんじゃ。
ほいじゃ。