テラノハ

言葉は涙だ。とベケットは言った。

速い車は速い

実家にいる。風邪をひいた。実家アレルギーではない。花粉症とか肝臓が弱ったせいだと思う。
筋トレをしたらお酒が美味しいと思えるようになり、祖父母が喜ぶから調子に乗って飲んだら抵抗力とか落ちたのだと思う。
花粉症の薬が増えて余計にかわいそうな肝臓。

ネットで政治のことを云々するのはクソほどだるいのだが、普段と違ってテレビがある環境のおかげでニュースが目に付く。
育ちは良くても心根は良くない人間というのはいて、そういう人に権力が集まると恐ろしいんだなーと思う。とにかく生理的に気持ち悪い。ことの是非とかみんな自分のイデオロギーにあわせて心地よい物語を構築し、それはほぼちんぽみたいなものなので、見た目はグロくてもその人にとっては大事なので下手に文句をつけるとクソほどだるい。
あと山口二矢のことを思い返して、すごい時代だったんだなと思ったりした。
行動できる人間は称揚すべきだけど、手続きとして採用されたのがテロルという暴力である以上、文書主義民主主義の国では絶対にあってはならないと思う。文書主義で民主主義の国があったらの話。
主義は主義。心がけ。責任を取る必要も無い。

でも人が1人死んどいてヌクヌクしていられる図太すぎる神経の、およそ人間とは違う生き物として敵視してしまいたくなるような、そんなおぞましい人がしあわせな国なのかと思うとやってらんねーぜとも思う。ぼくは偉そうな人間がだいたい嫌いなので、政治や思想のことは在所の公/野を問わずえらい先生たちに解説していただくとして、えらそうな人間、自分が明日にも死ぬとは思ってない人間に冷水を浴びせてやりたいという欲情に駆られてしまう。行動には移しません。臆病者の日和見なので。

ここでは情緒的な書き方をしてしまうが、そういうとき輩は人柄の良さなどを持ち出してくる。
ぼくも歴史もののロマンは好きだし、祖父の汚名を雪ごうともがく体の強くない3代目の男の子が主人公とか、それを支える名家()のマフィアみたいなのに下々のオタクの趣味もわかってくださるオシャレな参謀とかが出てくる物語はだいぶ性癖に刺さるけど、現実は物語ではないのでそういったキャラとは関係なく、やってることのダサさで判断してしまう。
ぼくは普段からえらそうなジジイを刺せないかなと思ったことがあり、それは犯罪なのでしてはいけないことです。創作物の中でそれを晴らすのもビビってるだけな感じであまり好きではないです。
現実と格闘・激突したいのにそのやり方がわからなくてこんなネットの片隅で好きにやっている。

風邪なので輪をかけて支離滅裂。あとストレスフルなのが悔しい。大事なことなのに面倒くさい。大事なことはたいてい面倒くさい。面倒くさいことの大半はやらなくてもいい。これはどっちなんやろか。



先日見たNHKの『大林宣彦 最後の講義』が激烈に良くて泣いた。
1月に早稲田で収録があって、ぼくは申し込むだけ申し込んで体調不良でいきそびれるという鬼ダサいことをやった講義である。(他大学からもいけるとのことで申し込んだのだ)

【映画はフィロソフィー】【表現者はプラカードを持たない】とか金言をあの世に片足突っ込んだ人間が死にものぐるいで正気を保って語りかけるのは弱った心の浸透圧にグッときてよかった。
大林監督はおじいさんだけどイマジネーションジジイというか偉ぶらないので好き。枯淡なんて言葉が似合わない、ワンパクなエネルギーを感じる。
結局人の好き嫌いとイデオロギーが結びついて心地よい方を選ぶのは僕も同じなんだけど、人間なんてなんぼ偉そうなこと言うてもその程度でしょ?と思う。

みんな死ぬし、死せる。
じゃけぇなんなーいう話じゃけどとにかく風邪で脳をやられとるんよ。『はだしのゲン』が読みたい。ギギギ。

今日の文章、まじめか。
明日になったら書き換えちゃお〜。