テラノハ

言葉は涙だ。とベケットは言った。

第220次高等遊民活動報告

今日はよい天気であった。

ここ数日は文化的な活動をよくしたので報告欲を満たします。

京橋にある国立近代美術館フィルムセンターで小津安二郎の『浮草』4K修復版を見た。アグファカラーという珍しいフィルムの発色を蘇らせるという企画で、復元デモから既に面白かった。我々が見ている色の認識は他者と共有できてないことをまざまざと思い起こさせられる体験。ディスプレイの色温度の癖とか映写機の解像度とか鑑賞者の年齢・健康状態などを加味すると僕たちは同じ映画を見ることなど出来ないのかもしれない。
『浮草』は小津安二郎お得意の家族的なものを主題にしたユーモラスで少し切ないお話。松竹の人なのに大映の作品なので撮影があの宮川一夫である。『雨月物語』でこの人は天才やと思ったけど今作もバキバキに美しかった。小津安二郎といえばローポジション、日の丸バストアップ切り返しなんだけど、ちょいちょい挟まるインサートの詩情が素敵すぎる。冒頭の灯台と瓶の対比を見た瞬間からこの映画に惚れた。あと赤色の発色が特長のアグファカラーを活かす色彩設計で、ぽつんぽつんと赤い何かが見つかるのでウォーリーを探せのノリで赤いものを探した。ポスト、地蔵の前掛け、庭の花、アイス、帯などなど。画面の縦横それぞれ3等分するところになんらかの補助線が見える。それは襖とか柱だったり、何もなかったりするがどのカットも落ち着いていて美しい。
役者陣も中村鴈治郎の頑固親父ぶり、京マチ子の色気、杉村春子先生の生活感、川口浩のスラッとした精悍さなど大映の人と小津組の人が入り混じるのがいいですな。わけてもヒロインの若尾文子がマジでかわいい。結婚してほしいと思った。『ブレードランナー2049』のジョイちゃん以来のプロポーズである。黒川紀章の奥さんでややおっかないババアとしか認識してなかったが、『浮草』の若尾文子は本当にかわいい。好き。川口浩を誘惑する郵便局のシーンでコロコロっと鉛筆を転がすのとか色気がある。神社の社殿で川口浩とキスするとこも根源的な男女の欲求の形にみえて神々しく美しかった
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ほんで常設展が日本映画の歴史をざざっと総覧するめっちゃおもろいやつでうひょーさすが国立!そこにシビれる憧れるーという充実の内容。小津安二郎が書いた山中貞夫追悼碑文にはその達筆と内容の高潔さに痺れたし、溝口健二デスマスクには(うわーこいつこの顔で女に刺されたりしたんかおっかねぇなー)と生々しいものを感じた。
8ミリ映写機がループ再生されてるコーナーがあってカタカタカタカタカタ回ってるフィルムも映写機の動作音も愛おしい空間だった。うち、あれ、ほしい。
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これは同時開催のポスター展よりサイン入りスターウォーズのポスター。記念撮影OKなのは嬉しい。
あと異様に安いのは国立だからなのか。僕はまだ学生の身分なので『浮草』は310円、展示は130円で見れた。一般だとそれぞれ510円と250円である。物価が歪んでるというかコスパがよすぎる。文化にはお金がかかるのにこんなに安く見てもいいのだろうか。
名画上映の宿命というか、じいさんばあさんが多くて僕が最年少くらいかなとほくそ笑んだのだがこんな文化を老人の楽しみに秘匿させるのはもったいないと思う。午前10時の映画祭は早起きが苦手なのであまり行けてないが名画は名前だけ知ってる映画の意味ではないのだなー。

今日は青山の会田誠展『GROUND NO PLAN』にいった。入場無料。助かる。
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猥雑なものが詰め込まれてる感じは会田誠らしかったが、企画意図がそもそも都市論なので絵画作品というよりは模型とか新宿御苑改造計画とかだった。
都美でやってた安倍総理パロディも見れたのは笑った。芸術家無罪というかアート無罪というか、奔放で自由ではた迷惑で近所にはいてほしくないけどこの世になくてはならない芸術家らしい芸術家だなと思う。セカンドフロアリズムなど芸術家が考えたという発想だけの特許みたいなものをドンドン打ち出していて面白いのは面白かった。一種の書生論、理想論なのかもしれないけどそういうことをいう大人がいてくれないとつまんねーなとは思う。
現実と対決、格闘してナンボという意味では度々Twitterで燃えてる会田さんはちゃんとしてると思う。思想に共鳴したことないけど態度には感心します。

僕はなぜ東京に出てきたのかを思い出す。
フィルムセンターは東京にしかない(別館もあるけど神奈川だし)。会田誠展がやってると知ったのは先々週だけどフラッといけるのは東京にいるからである。
東京に出てきてよかった。東京で体を壊して「人が住むところじゃない」みたいな捨て台詞で逃げ延びる話はよく聞くが、ぼくはここに暮らせることを許してくれた両親に感謝する。自力生活者とは胸を張れぬ高等遊民だけど、この半年の半死半生の病(びょう)ニートよりは高等遊民に戻れてよい。
いずれ来たる勤労の徒(仕事ではなく為事をする人)として生きる日に今日の青空を思い出せるといい。