テラノハ

言葉は涙だ。とベケットは言った。

マジンガーZよ、永遠に

東京はすごい雪が降った。
雪が降ると人や車が通らないので静かだし、街灯を反射して夜でも明るく、家も木も白で統一されて雪化粧とはよく言ったもんだと思う。死んだ街って感じがする。『ブレードランナー2049』はカナダ生まれの監督らしく雪が大事なモチーフだったけどこんなに絵になる気象現象だったかーと瀬戸内育ちの僕は感心する。

マジンガーZ/INFINITYを見た。
直撃世代でもないのに見に行ったのは幼稚園の頃、父親の友人からもらったテレビシリーズを何度も見て育ったからで僕のアニメの原体験といっていい。
近頃『皆はこう呼んだ、鋼鉄ジーグ』『デビルマン crybaby』(どっちも見れてねー)と映像化が多い永井豪作品の再アニメ化とあって、作者は違うけど同じく父親世代の『ヤマト』みたいなリブートらしさを楽しみにしていた。
結論からいうとすごく辛かった。


【ここからネタバレ】
もちろん水木一郎が歌うあのテーマを聞いたら問答無用で鳥肌が立ってもうちょっとで泣くぐらい感動したのだが、それ以降はなんというかもったいないことの連続だった。

今回主人公の兜甲児は一線を退いて研究者になっているらしい。その設定はいいなと思った。
退役軍人がピンチになって懐かしの愛機に乗り、ピンチを救うというプロットがチラ見えしていいぞーと思った。おまけに博物館にマジンガーが展示されていたので(これキャプテンアメリカウィンターソルジャーで習ったやつ!)と思った。
戦闘シーンも現代らしく3DCGで技の見本市みたいに繰り出されるのでアガる。ボスやあしゅら男爵、ドクターヘルなど性懲りもない面々がそのままなのもいいなーと思う。
けど新キャラ・リサとヒロイン弓さやかの描写が無理だった。
リサは発掘されたマジンガーインフィニティの操縦を司るアンドロイド的なもので年格好は高校生くらい、アンドロイド特有の漢語的な言葉遣いでなんかそれっぽいことを話す。終盤多元世界で甲児とさやかの娘としてブレザーを着ていてウッ……ってなった。表象として制服JKってカビくさくね?清純さや庇護の記号として出されてるだけのような気がしてなんかつまらんかった。じゃあ代替案はあるのか、と言われるとパッとは思いつかん。手っ取り早いもんね制服JK。これは僕がTwitterリベラルに感化されたのか分かんないけど、とりあえず取ってつけたような表象にはNOと言いたい。肌の露出が多いとかも、まぁ永井豪作品だしけしからん描写はないと変かもなと思う(マジンガールズのレースクィーンっぷりは笑う)。
もう一つは光子力研究所の二代目所長になった弓さやかで、相変わらずカチューシャをして髪型は変わらない。の割に結婚願望というか研究熱心な甲児がいつまでも自分を見てくれないせいで焦るという展開があり、かたや剣鉄也と結婚した炎ジュンは妊娠しており、あまつさえ「甲児はそういうとこはボンクラだからねー」みたいなことを言うのでウッ……となった。これもTwitterの見過ぎかもしれんが、男はいくつになっても男の子だからしょうがない、みたいなのもうなんかイラつくんだよね。
それなら女だっていくつになっても女の子でいいかというとそうではないし、問題は子供心を忘れずに生きることであって子供のまま大人になることを認められようと他者が配慮するのはダサいと思う。

そういう意味では『ヤマト2199』の古代と雪の関係は程よいなと思う。旧作の森雪は男ばかりのヤマトで役割が多すぎて、リブート版ではその役割を新たな女性キャラに振っているところが発展だなと思うし(男女で役割が〜という話は置いとこう)、ちゃんと古代くんと対等の関係を築こうとしてるように見える。

どうしても想起されるのは先ごろアメコミ映画としてアカデミー賞脚色賞にノミネートされた『LOGAN』と『007』シリーズである。
『LOGAN』はコミックの中のスーパーヒーローのはずなのに作中では老いぼれて老眼鏡掛けなきゃいけないし、アダマンチウムで硬く尖った爪ももうサクッと突出しなくなっている(勃起力のメタファー)。それでも最後に幼い子どもたちの為に戦う姿に西部劇的切なさと全盛期を過ぎた人間の末節について最後の美しさを描いていてとてもよかった。アメコミ映画ブームはいずれ終わるとスピルバーグはいったが、本当にアメコミ映画を絵空事の天空から地べたの現実にまで引きずり下ろして作劇として成立させているのは本当に偉いと思う。

ほんでもう一つ忘れられないのは『007』シリーズ、特にダニエル・クレイグになってからの諸作品である。007はスパイなので女の人をモノとして扱っちゃう作品ではあるけど、『カジノロワイヤル』のヴェスパーへの執着っぷりは人間らしさが出ていたと思うし、新しい特殊装備担当のQ課長は演じるベン・ウィショーの素晴らしさも相まってボンドとのリレーションシップに新しい風を吹き込んだと思う。かつては男性優位の女性蔑視が持ち味だったシリーズでさえそうなのだ(それでもまだまだではあるけども)。


翻って話を戻すと今回のマジンガーZインフィニティはなんとも食い合わせの悪いリブートだったと思う。あの戦いから10年ってなんか中途半端だなと思う。どのキャラも人間的に成長してる感じが役職の変化くらいしかなくて変わってる部分と変わらない部分の描き方が好きじゃなかった。前述のLOGANは飽和してきたアメコミ映画や『デッドプール』のR指定描写が受けたという流れがあって成立した部分が大きいのでいきなりおじさんにするのは危険かもしれないが、それなら石丸博也さんが続投してくれて熱さがあったと思うし、直撃世代もより投影できるのではないか。
そのままやるならやるで、『ヤマト2199』ぽく原作の流れを諸要素をアップデートしながらやり直すリメイク路線の方が見てみたいのだが、如何せん企画が一本の映画だけだとそうもいかないのだろう。
10年は新しいことを描くにも過去の熱さを描くにもよい設定とは思えないし(新しい世代の年齢にも直撃世代にも訴求しにくい年齢になるし)、駆け足で紹介される社会状況の変化は尺と釣り合ってなかった。
『パシフィックリム』みたいな元スターが復帰する感じでもなく兜甲児はずっとヒーローなのでカタルシスが薄いんではなかろうか。
別に007だって女性を大事にしてるかと言うとそうではないし、下手に結婚観とかいれるのどうかと思うし(あのゼクシィでさえ、結婚しなくても幸せになれる時代という時代になったのだよ)欲張りすぎたんだと思う。子供を作ろうといった甲児をさやかが照れてビンタするの古すぎて新しいわ。
いきなり変えろとは言わんのでもっとじっくりやってほしかった。そんなこと言い出したら色々超現実なフィクションではあるんだけども、その中のリアリティラインをどうにかしておくれと思うのだ。
マジンガーZ放送開始が1972年で今は2018年である。古き良きものを懐かしむ気持ちは否定しないけどもそれなら当時のものを見ればいい話であって、新しく作る意味を感じたかった(心意気はあったがハマらなかった)。
別に僕が言った通りに作ったら正解かと言うとそうじゃないから難しい。

色々いったけども、かつての光子力研究所に再結集したり(謎のゴシック感)、プールが割れてマジンガーが出動するシークエンスとかはぶち上がったのでいい所もある。
けどなんというかおじさんの財布だけを頼りにするのはあまりに貧弱じゃないの?と余計な心配をする。円盤が売れない時代だし声優ファンにだって限りがあるわけで、永井豪作品は海外でも人気なんだからNetflixとか配信も視野に入れてみては?とも思う。
あとやっぱりテレビシリーズの機械獣との戦い、戦闘という非日常が日常化してる感じが僕は好きなのかなと思った。今回の機械獣はピンチのための書割なので。

そんなにマジンガーZオタクでもないのに自説の展開に使うのは『シン・ゴジラ』の時の政治で一言言いたいおじさんみたいで嫌なのだが、とりあえず言いたいことを書いたので終わります。