テラノハ

言葉は涙だ。とベケットは言った。

バグズ・イン・マイライフ

今日もすごく寒かった。

最近部屋の中をコバエが飛び交っている。
バナナの皮を中々捨てられなかった先々週あたりから出現しはじめ、最初はどこか窓が開いているのかなと思っていたが、おそらくバナナの皮についていた卵がかえるなどしたのだろう。
生活を回す意欲にかけているため、特に不快にも思わずこの小さな部屋に自分以外の生命がいることに小さな喜びすら覚えていた。

しかしあまりにも数が増えて台所の照明のヒモに取り付いているヤツらをみて、照明をつけるたびに部屋の主に遠慮するかのように飛び回っている小さなごま粒をみて少し怖くなった。

まるで家事をサボっていることを、生きていくことへのやる気のなさを、不安や孤独といった感情に伴って現実を侵食するかのように現れるこの微細な黒点が心象の表出のように思えてきて怖かった。
音もなく飛来しては、視界を横切るバグは気にしなければ気にならない存在だけど、きちんと生活していた時にはお目にかからなかったわけで無意識の水底で転がる砂利みたいで嫌だった。

今年最後の燃えるゴミの収集にあわせて辛うじてゴミを捨てることが出来た。
実家から送られてきて腐らせたミカンは3週間ほどほっといたせいかビニール袋に入れていたのになにやら汁を垂れ流しており、玄関のコンクリートに陰のようなシミを残していた。
あー腐ると汁が出るの独居老人の孤独死みたいだなーとか、ビニール袋って半透膜なんだなーとか思った。

腐ったミカンはビジュアルがひどい。
青錆みたいな青緑で、生命力溢れるビタミンカラーのミカンの成れの果てがこんな薄汚れたものかと思うとやるせなくなる。ハリと輝きに満ちたミカンが、腐るとボロボロに崩れて捨てにくいところも気に入らない。
みかんが腐るのは大体ダンボールに詰められて他のみかんとの接触と外圧によって微細に傷ついているからで、金八的説教を食らうのはかわいそうな存在だと思う。

たまってうずたかく積もった洗濯物や排水口に集まってグロさを増した髪の毛、洗わなきゃと思いながら3週間ほったらかしの洗い物などなど心象と現実がリンクしているのか、うつ病の人にまず掃除をすすめる理由を感じる。

今日は空腹でお茶を飲んだら胃が割れそうになり、とても驚いた。お茶でか。カフェインか。
油っこいものでも辛いものでもなく、暖かい緑茶で胃が割れるなんて世も末だぜと思った。
なにか食べて元気をだそうにもなにも食べられそうにない。かろうじてうどんを食べたが家についてすぐ吐いた。今月吐いたのはこれで3回目だが2回はうどんだったのでなんだそりゃと思う。

仕込みにはいくべしだったのに行きそびれてしまった。
この分だと明日のミーティングもあやしい。

生きてるだけで褒められたいが、褒められたところでみじめさを感じてしまう。

虫のいる生活。
虫の息の生活。

虫はけっこう生きることに必死だしたとえにつかうのも申し訳ないな。

元気になったらホルモンとビールがいいなぁ。