テラノハ

言葉は涙だ。とベケットは言った。

ドリームa.k.a.Hidden figuresをみてあれこれ

今日は曇りのち雨。
秋は雨が降る度に1度下がり冬に変身していくらしい。

いまふと思ったけどひきこもりって文字ヅラも音もめちゃくちゃ弱そう。アレキサンダー大王みたいな強さが微塵もない。悲喜こもごもにやや似ているせいだろうか。

今日はドリームを見に行った。邦題騒動でTwitterが賑やかだったけどもう公開とは早いものである。
おかげで『遠い空の向こうに』という名作も見られたし、ライトスタッフを見ておこうという気になったのであの騒動には感謝している。ただし、邦題はドリームってダサいなと思った。私たちのアポロ計画もあってもなくても別に、みたいな。ドリームという単語はそんなに意味が無いと常々思っていて、日々の生活や行動の様態を指す言葉なのでは?と感じる。夢に向かってみたいなキラキラした感じがなくて、どちらかというとしたたかにひたむきにやっていく映画でとてもよかった。

黒人で女性で1950年代で、となると差別がすごそうである。しかもNASAという白人男性の根城。
『ムーンライト』とかも黒人で同性愛という辛さがあったが、そういうカテゴリーに当てはめて勝手に同情するのもすごく失礼だなと思うが、ついつい自分もそういう属性で見ているなと気づく。
何にせよこれは実話を元にしていてなおかつハッピーエンドなのである。作る価値があるお話だと思った。
差別の描写で上手いなと思ったのは誰も主人公たちに対して暴言を吐いたり暴力を奮ったりしないところだった。もちろん黒人差別反対のバスを襲うニュースとかは映るけど。だれも自分が差別してるつもりはない。それはキャサリンが配属された部署でも、ドロシーに対するミッチェルさんでも、メアリーがエンジニアへの応募を妨害される時でもそうだった。
今までそういうことはなかったから、前例がないから、決まりで出来ないことになってるから。自分はあなたのことを嫌いだからこうしている訳では無いというのが知らず知らず差別している側の免罪符のようにちゃんと見えた。だから差別されてる側がデモとかしようものなら傍目には粗暴に映るし、厄介に見える。大声の少数と静かな多数だと普通は声の大きい方が勝ちそうなのに、あの無言の圧力は見ていて辛いものがある。
映画の話なのに自分の価値観を話すダシにしがちなのは大人も子供もやりがち。でもまぁ考えたりしたので書いておく。

ネタバレになるけど
コーヒーメーカーから自分のマグカップにコーヒーを注ぐと周囲の男性が白い目で見てきて、次からは小さなケトルに非白人専用と書かれて置かれてあった。それを用意した人は悪気があってそうしたのかもしれないし、同じだったら気にするかなと思って用意したのかもしれない。他にも非白人用トイレとかあるから、みたいな。差別じゃなくて区別だよ、みたいな。風邪の人は隔離しましょうねみたいな空気があるが、別に肌の色はペンキでつけてるわけじゃないので擦ったりして移ったりはしない。飲むコーヒーの色も同じだし、出す小便の色も同じだろう。
劇中何度もキャサリンが非白人専用トイレに向かって漏れそうになりながら走るシーンがあるのが辛い。ストレスがあってコーヒーも飲んでたらそりゃトイレにも行きたくなるわな。そのことをボスからどこに行ってんの?って咎められたらそりゃわかってほしくて大声も出しますよ。
ワンダーウーマン』の公開の時に乃木坂がコメントで
「女性が見ても凄く楽しめるし男性から観ても、強い女性ってやっぱりちょっと嫌味がある感じに見えるのかなと最初思ったんですけど、ワンダーウーマンは全然そんな事なく男性の方もすんなり観れると思うので老若男女問わず色んな方に観て頂きたいなと思います」
みたいなコメントをしてやや燃えていたが、日本だとどうもかわいい女の子とかモテとかが重宝がられるなーと思い出した。モテって言葉を女の子が言わなくてもいい世界がくれば、みたいなことを水原希子が言っててかっこよかったが、それと同種のことをまた考える映画でもあった(この場合のかわいい、は相手のゴキゲンを自分から取るという程度の意味。見た目は関係ない)。
この映画は徹頭徹尾女らしさで勝負しなくて能力で戦おうという気合がよかった。上手いこと取り入ったり、色じかけしてみたりみたいな女の武器と呼ばれるものではなくて、持って生まれた肌の色や性別でされた差別を後天的な努力によって覆していくのが小気味よかった(差別に負けないタフネスと能力があるから素晴らしい/ないからだめと言いたい訳ではありません。キャサリンたちの生きざまがよかったという話)。
劇中何度も黒人(ニグロ)なのに、女なのに、と言われるけど彼女達はそういった呪いを内面化して縮こまらないのがとてもとても美しいと思う。アメリカと日本じゃ環境も違うけど、その姿を勇気があるというのもおこがましいというか当然のことのようにやってのける胆力がね、好きなんすよ。

なんか難しいことを言おうとしてしまっているが、よい映画なのです。特にケヴィン・コスナーのかっこいいボス感がたまらない。池井戸潤原作のドラマに出てきそうというか、城山三郎の男男した昭和感と言いましょうか。国家の威信をかけたプロジェクトの本部長ってこうあってほしい、みたいな人でした。この人だって差別してないわけではないと思うけど、聞く耳のある人だったのはすごいなーと思った。それは別に義憤にかられてとか同情してとかではなくて、この人がおかしいと思ったからそのように劇中で行動したんだなーというのも映画から伝わる。見て見ぬふりをしてた訳では無いけどこの人が救世主のようになにもかも解決してくれる訳じゃなくてキャサリンが努力したらその努力には答えてくれるというのがね、出来レースみたいに見えなくてよかったです。あとポールさんとミッチェルさんていう2人がいわゆる差別してくる人の象徴のように描かれるけど、その人たちだってそうしようと思って生きてきたわけではなくてそうしてしまった訳だから後々気づいて態度を変えるというのが実話ものならではだなと思います。左遷されたり死んだりみたいな胸のすく物語ではなくて、これが実話を元にしているというのがよく分かる。
実話もの映画ってよく作られるけど、それってなんなん?アメリカSUGEEEってオナニーしたいんかなと思ったこともありますが、今作に関しては生のままじゃ食べられない栄養素を調理して食べやすくした映画だなと思います。実際、差別されてもめげなかった人がいるという事実は存在はしても人々の知るところとなるのは希です。現にこれ見るまで知らんかったし。でも映画という形を取れば海を越えて僕が見ることが出来て、考えてふむふむとなれる。そこが映画というか、物語というか、エンターテインメントのいいところだと思いますね。
あとやっぱり音楽がいい。ファレル・ウィリアムズが担当してるだけあってファンキーでゴキゲンなナンバーが絶妙のタイミング、こちらがよっしゃ!とかいてまえ!と思うタイミングでなるので体にいい。ミュージカル映画かよみたいなね。
あとマーキュリー計画なのでマーキュリーセブンという男たちが出てくるんですが、中でもジョン・グレンという男の男前度が半端ないので是非見てほしい。見た目もそうだけど一々言うことがにくいね~となる。その辺はライトスタッフという長い映画でも見れます。
あと『ムーンライト』に続いてマハーシャラ・アリ先輩がかっこいいです。見た目は國本鍾建さんに似てる強面やけど、その分いい人なのが際立つ。今、ラブロマンスとかええて~と常々思う僕ですが(『関ヶ原』、お前だよ)、今作の絶妙なラブロマンス具合にはびっくりしました。幸せになろうなって思った。邪魔にも添え物にもなってなくて、ちゃんとキャサリンという人の生きざまとして描かれていてよさ~。どんな人にだって幸せになる自由はあって、それはNASAの重要な職に就く人であっても、3児の母であっても、夫と死に別れててもそうなんやな~というのがね、ロマンチックですわ。

そんなこんなで長々とネタバレもかましつつ書きました。
是非見て感想を語らうなどしていきましょう。
読んでくれてありがとー。