テラノハ

言葉は涙だ。とベケットは言った。

2017-10-01の天一たべたいけど

今日は晴れとか曇りとか。

昨日は映画のタイトル(創作可)というルールのしりとりをした。意外と映画のタイトルがぱっと出てこなくて悔しい。創作可というので母はテキトーな単語で繋いでくるが、そこで物言いをつけてもしょうがないのでほっておく。
しかしここにきてしりとりがリラックス効果をもたらして眠くなるのではなく、スマホを見ずに目を閉じることが出来るって方が重要なんではないかと思った。母がすぐ寝てしまってスマホをつつきたくなったが、もったいない気がして目をつぶり続けた。

なんか高校に行く夢を見た気がする。わりと楽しかった。
母は先日から僕の本棚で見つけた3月のライオンをコツコツと読んでいる。
オタクの本棚はオタクの成分表示であり、まんまと好きな作品を手にとってくれてありがとうと思う。
最新刊を買う前に僕も懐かしくなって読みふけった。高校を卒業できたのは担任のM光先生と同じクラスのあきちゃんと3月のライオンのおかげだと思っている。
3月のライオンが僕の心にそっと根を下ろし芽を出して、勇気らしきものを育んでくれた気がする。
人間失格を読めば、あんな大富豪の息子でも男前でもないのに投影するし、山月記を読めば意趣卓越で格調高雅な詩など作れもしないのに李徴の懊悩を理解した気になっていた。同じように桐山零という少年の苦味が分かったような気になりながら涙をこらえてページをめくった。
物語は電気水道ガスとか経済みたいに生活を支えてくれたりしない。だけどそういうものに救われ憧れた人生にぼくは感謝しているし、なんらかの恩が返せないものかなとよく思う。それは物語を作る片棒を担ぐことになるのか、自分で生み出すのかはまだよくわからないけど。

今日から10月。今年はあと3ヶ月。今年度もあと半分。
めっきり涼しいが、ここから更に寒くなるかと思うとオフトンとの蜜月をもっと大事にしたいと思う。
あと1週間で本番。きっとあのままやってたらどこかで折れてたと思うと、それはそれで怖くもある。
今日買った3月のライオンの13巻であかりおねいちゃんが休むのをためらうシーンがあり、そのメンタリティも休んでいいんだという言葉も心に留めようと思った。

今日はもう母が眠ってしまった。
しりとりなしで目をつぶっていられるだろうか。
お腹がゴロゴロいっている。
そろそろ髪を切りに行きたい。