テラノハ

言葉は涙だ。とベケットは言った。

2017-09-30の鏡獅子

今日は晴れ。うろこ雲というのかあの感じの雲が出ており、高さのある青空とはまた違った秋の顔を見る。

昨日もしりとりをした。色がついているものというお題は観念的すぎたが、水にものいいをつけたくらいであとはほぼノージャンルだった。
でもやっぱり頭のハリみたいなのが抜けるのか眠気が来るのが早くて助かる。問題は母が寝てしまうとこれは出来ないということ。

今日は起きてすぐおかゆと味噌汁を用意されてしまい、食欲はない中でとりあえず胃に入れてみた。
ここ最近お腹が空くとかお腹がいっぱいになるみたいな感覚が自分でもよくわからなくて食べる前も食べたあともお腹の中がずっと空洞な感覚がある。だから苦しくなるくらい食べてようやくセンサーが働くらしく、よく戻した。そこらへんの見極めをちゃんとするようになってからは苦しまずに済んでいるが、まだよく間違う。ふと元気だった頃はそんなことを考えもせず食べられていたのかなーと懐かしくなる。
母はごはん食べたくない?と固めに炊こうと提案するが、ぼくはビビるのでまだしばらくお粥でいいと言う。

今日は平櫛田中美術館に行った。
ひらくしでんちゅう、である。島崎藤村松尾スズキに並ぶコンビ名っぽい個人だ。
岡山は井原市にゆかりのある作家なのでそっちの美術館は家族で行ったのを覚えている。たしか大学1年の冬とかだった。
彫刻というと荒々しさや素材の質感を活かしたものというイメージがあるが、田中の作品は生き写しとか魂吸われたとか言いたくなるキメ細やかさがある。
大作鏡獅子の制作にはのべ20年を越える歳月をかけたというのが凄すぎてピンとこない。107歳まで生きた人の20年と生まれて23年目の人間の時間感覚は違うのだろう。
晩年を過ごした邸も隣に記念館として残っていたがごっついけど落ち着きのある、この家の子になりたいと思わせる立派な建物だった。
また例のごとく年表を見ると22で静養のために郷里に戻っていたり、23だとまだ弟子入りしたくらいで大作家栴檀のごとしとはなっておらず、ホッとする。
だからといってなにかが変わるわけでもないけど、明日鏡獅子を作れるという日はきっと若き日のある1日には訪れたりしないことを考える。
時代が違うし、きっとごついパトロンがおったんやろーなとは思うが、創作に打ち込むその一世紀を越す人生は大きくて羨ましかった。
売れてる人の売れるまでの物語をついつい好んで読んでしまうが、それは帰還した戦闘機に残る弾痕みたいなもので、観測が可能であるだけマシだと思う。僕は丘サーファーになりたくなくて東京まで来たのでこのまま浜辺に横たわっているのはいやである。せめて波には揉まれたい。ドザエモンにさえならなければまたボードには立てるだろう。
ひみつ道具を出してくれるドラえもんはここにはいない。

今日は研修科のTwitterでロビー掲示の面々が紹介されており、悲しく申し訳なくなったのでそこまで元気ではないことがわかる。ここで気炎を吐いたりしたかったなーと思うが、それをぎりぎりでやって倒れるのと今、家で指をくわえているのとどちらがよかっただろう。
どちらもよくなかったが、考えても詮無いことだ。詮無いことだ。

母が来て2週間。体調はマシになってきた。
九月が終わる。先月の30日はビアガーデンなど行っており、たしか翌日寝込んだ気がする。そうやって寝込んで復活できてると思ったものができてなくてこのざまなのであろう。詮無いことだ。
稽古のない日々はひどくつまらない。行ったら行ったで大変だけど稽古は好きなんだなと思う。見に行くかなーとかはまだ気後れする。
もう少し休みたいらしい。
自分の体のセンサーに鈍感になってるところを直していきたい。