テラノハ

言葉は涙だ。とベケットは言った。

2017-09-12の情緒は死んでいる

今日は曇り、やや雨。

中学1年の夏休み、終わらない宿題、迫る登校日、初めての徹夜、明日なんか来なけりゃいいのに
ジトーっとした汗がへばりついている。
あの時と似た感覚をあじわう。世界が終わるのか僕が終わるのかといういやなやつ。

朝起きて3時間くらい起きなきゃ起きたくないを繰り返していた。稽古にいかなきゃいけない。そのためにはシャワーを浴びてセリフを覚えなきゃいけない。
ぎりぎりでシャワーを浴びて、ぎりぎりでセリフを覚えようとしたが多すぎて無理ってなった。頭を使おうにもなにも食べてないから茶碗蒸しと甘酒を恐る恐る口にする。
台本持ちながら立ち稽古してもいいものだろうかと思いながら電車に乗る。
ウィダーインゼリーを飲む。とりあえず行くだけ偉いと言い聞かせていく。
稽古場につくとモワッとした天気のせいで嫌な汗をかいていた。
着替えて席に座る。
嫌な感じがしたので外に出てトイレに向かう。
吐く。びっくりする。
ウィダーインゼリーすら吐くならもうダメやと思う。
稽古場前の廊下で座り込む。
この感じで稽古できるのかなと怖くなる。
廊下を通りかかる同期に大丈夫?ときかれたのでさっき吐いたというと無理せん方がいいと言われる。ゆーこさんに詫びを入れて帰ることになる。
心配そうに見つめられるのも惨めで、稽古場まで来ておいて情けなくなる。黙っておけばよかったのかもしれないけどそんな強さは僕にはない。
家から出ずに休んどけばよかったのか、黙って無理して稽古すればよかったのか、なにが正解なのか自分でもわからず、とりあえず悔しい気持ちだけは確かで帽子を目深に被って電車で泣いた。
昨日来れたし今日も出来ると誰もが思う。僕もそう思う。メンタルが弱いと言われてもそういう問題じゃないと思う。

惨めで辛くて悔しくてヨーグルトを二つ買って食べてもお腹が熱くなる。なにもかもいやになってポテチとペプシを食べたら普通に下した。カップ焼きそば食べたら普通に吐いた。下すのより吐く方が便器に近いので掃除をする気になり、掃除をした。
ゆるやかな自傷。元気な人にはわかってもらえない行為。
タルコフスキーサクリファイスをみてぼーっとする。
気がついたらウイスキーを飲んでいて、でも酔えなくて気持ち悪い。
冒頭の嫌な汗をかくだけだった。

ブログを書かないと心配する人がいるので書いたが、心配してくれるような人を持てるありがたみといちいち心配させてしまう惨めさとそれを感じながら自分でもどうしようもなくてとても困る。
今日も稽古を休んだ。
復帰できるビジョンが見えない。不義理も怖い。なにもかもが怖い。
二年前体を壊して1年かけて元気になって東京にきてこの一年半頑張ってきたけどそれも全部無理してただけなのかもしれない。
頑張ってきたものを失う恐怖となにも考えたくない気持ちで押し潰されている。
なりたくない自分に戻る辛さがわかりますか?
わかってもらうのも辛いんですけど。