テラノハ

言葉は涙だ。とベケットは言った。

2017-08-07のオカサレタモノ

今日は晴れ。激烈な晴れ。殺意の湧く晴れ。のち小雨。

昨晩は打ち上げを一次会で辞して家に帰って長々ブログを書き終わってFacebookも書いて疲れ果てて寝た。
いつもなら千秋楽の後はぐっすり昼まで寝てやるのだが、今日は大掃除ということで朝起きて電車に乗っていそいそと出かける。暑くていやだなーと思ったが不思議なもので稽古の時の方が帰りたいという気持ちが強い。掃除は好きだからなんだかんだやってやるかという気になるらしい。ダメ出しもされないし。やったらやっただけ成果がわかるので掃除は好きだ。
ただ、暑くて体力が消耗するのでそれだけはイライラする。
今日一番嬉しかったのは卒公の舞監をしてくれたトコロさんがすれ違いざまにいきなり「別所のエストラゴン面白かったよ」と褒めてくれたことで、その場の思いつきで喋ってるように見えたとも言ってもらえてそれは多分賛辞なのでホクホクした。褒めてくれる人がおらんとやっていけんからね。ま、名前別所て言われたけどね!

ものの2時間で大掃除自体は終わったが、本日は仕込みの手伝いというミッションが残っている。8人だけ。疲れた~といいながら帰れる人たちが恨めしい。俺はこれから更に疲れるんだ……。しかも体力ないから参加を募られた時には手を挙げなかったのに来れるよね?と数に入れられてしまったことを恨む。ちょっと打ち解けたと思ったらこんなことを頼まれるので困ったものである。でも仕込みもなんだかんだものを作っていく作業なので好きは好き。ただ疲れるのがイライラするだけ。お金もらえるからいいとかそういうことじゃないんだよ。休みたい時に休む。これが人間のあるべき姿。お金や付き合いの奴隷になるのは御免こうむる。
タタキとかはいいんだよ、自分で参加するのを決めれたから。
ただ千秋楽のあと、わざわざ大掃除で出張ってきて更に働かなくちゃいけないのは貧乏くじに思えて仕方なかった。

休憩時間に次の発表会の台本を読む。開始すぐにアナルセックスを誘うシーンがあって楽屋で盛り上がってしまった。一体どうなるんだこの作品は。
でも読み出してすぐでも割と好きな作品のような気がしている。『マスターキートン』という漫画に似ている。もしくは『ギャラリーフェイク』。民族と言語と芸術を越境し横断する感じ。読むのは楽しいがいかんせん時間が無い。仕込み作業は好きなのに疲れるのが嫌という困った日だ。
今日は客席2段目まで作った時点、6時ちょい過ぎで助っ人は解散になった。てっきり22時まで拘束される非人道的集団だと思っていたのでラッキーだ。にしても疲れたが、気を張ってないとグズグズになりそうで怖い。

帰り道、ふと思い立って演劇用のTwitterアカウントを作ってみる。
昨日の打ち上げで同期の女子がやたらDMをもらっていて気持ち悪かったが、やはり交流できるというのは大きなことらしいとようやく気づく。
アカウントを分けるというのは欺瞞のような気がしたし、ネット上で一々馴れ合うのもイライラするから嫌いなのだが、思いついてしまったからには作らないと気が済まない。平野啓一郎の分人主義にのっとればこれが本当の自分、これが本音みたいなものはない訳で、むしろ立場や人付き合いがダブってないものを一緒にしようとするストレスの方が大きくなってきたしやってもええかなーと思った。それにしても顔だしでTwitterをやるのはクソほど恥ずかしくてやっぱり辞めればよかったなーとさっそく後悔している。
現実世界で会う人とは現実世界で仲良くすればいいと思うし、変にSNSまで反映しなくていいと思っている。いちいちフォローしましたなんて表示されるのも気恥しい。
そのうち慣れてきていい感じに運用できるといいなぁ。僕は天邪鬼なので終演しましたとか御来場ありがとうございましたとか恥ずかしくて書けなかった。いつか書けるようになるだろうか。

明日も仕込みだ。台風で休みになったりしないかなー。
映画館に行って一人になりたい。家でひきこもりたい。洗濯もしたい。