テラノハ

言葉は涙だ。とベケットは言った。

2017-07-08の追想

今日は晴れ。カササギの橋は結局見つからず、カーテンからはまばゆい日差しが漏れていた。21。

昨日はジョン・ウィックチャプター2を見てなんかめちゃくちゃ食欲が出てきた気がして、ネギ塩豚丼を食べたあとに絶品チーズバーガーというジャンクなものを腹にぶちこんだら、家に帰ったあたりでお腹が痛くなってなかったことになり、あーあという念だけが残った。
残ったのは胃腸の不快感もで、白湯を飲んだりしながら唸ってもなんともならずひたすら苦しんでいた。
今頃織姫と彦星が再会を喜んでいるのかもしれないが、僕が短冊に書くのは強靭な胃腸になりますように、であった。
寝られないし、『ブロークバック・マウンテン』を見ることにした。一年前くらいからオススメされていたが、今更その気になったので。
ひたすらつらいだけの映画というか、マチズモとかマスキュリニティでしあわせにはなれないんだよねーやっぱさーという気分になり、応援されないから真実の愛とか純愛とかいうのはなんか違うよなーと思いつつ、男女間の関係であれば20年も続かなかっただろうし、こんなにやるせなくもなかったろうなというか、忘れられる恋の方が幸せなのかもしれないなと思った。もちろん2人のしあわせは2人にしかわかんないけどさ。
ぼくはついつい同性愛をテーマにした映画に感心してしまうけど、それは多分悲しい恋の方がキュンキュンするからという下卑た発想なのだろう。
ああいう優しい眼差しで見つめられる誰かをずっと探している気がする。知らんけど。
辛い映画を見た上に胃がキリキリキリキリぬるく燃えているからもう全てを諦めたくなりながらとりあえず目をつぶったら3時すぎには寝れていた。

朝、8時に目を覚ますとカーテンのすきまから夏が入ってきていてうんざりする。燦々してんじゃねーよ。こっちは胃が痛いんじゃ。
それでも早く起きれてラッキーだ。
今日も読み合わせ。
今日は順番が回ってきた。少しずつ少しずつ硬い岩盤を削るくらいの速さで感覚が掴めてくる。相手に影響され、相手に影響する応酬のなかでなにかがやっと芽生えている感覚がある。これを育てていけばなんとかなる気がする。
それでもキャストは決まらないんだけど。

今日はタタキがあって、コワリに印をつけたりベニヤにペンキを塗ったりした。
1年生は4人。すくねーなーと思いつつ、別に先輩後輩関係ないしなーと思いつつやや寂しい。
途中でわが町のゲネを見に行った。
なんかいちいち懐かしいような恥ずかしいような、初めて見る人たちなのによく知ってるような気分でついつい応援してしまい、小さく拍手してはジーンとしていた。
もう1年経ったかーと時の速さを思う意味でも、ちゃんと1年経ったんだと噛み締める上でも見られてよかった。あの時は一杯いっぱい過ぎて分からなかったギブス先生の気持ちがストンと落ちてきて不思議だった。遅い。今更わかってもなー。
もちろん僕らのわが町の方が面白いぜーへへんとは思うけど、彼ら彼女らのひたむきさに自然とニッコリしていた。
みんな元気だろうか。ぼくは胃が痛いよ。去年より体が弱くなったかもね。

作業再開。ペンキは塗り終わっていたのでバットとかローラーとかを洗う作業。
腰が痛い。足が痛い。ペンキが落ちない。夏だから水が冷たくなくてまだマシだが、終わらない作業にうんざりする。なんでおれがこんなことをせにゃならんのかという気持ちがかま首をもたげるのをせいやっとやりながらひたすら洗う。洗えば洗うだけ不満の垢がたまる気分だ。
やりきったという気分よりも辛勝ってかんじだ。
手にはまだペンキがついたままで、水洗いをしすぎてカサカサだ。帰りの電車で心までカサつきそうで怖くなった。

生まれ変わったら夜風になりたい。最近帰るたびにそう思う。
かささぎの橋は見つかりましたか?
七夕を過ぎても僕は探している。
君のとこから見えたらそっと教えてほしい。