テラノハ

言葉は涙だ。とベケットは言った。

2017-07-07は七夕

今日は晴れ。布団を干した。

今日は稽古おやすみ。
昼まで寝てしまった。すごく面白い夢をみて、これをどうにかメモしたいと思いながら目を開けたら忘れてしまうから徐々に覚醒してあらすじを覚えて…などやっていたが、戦前のままの日本の1997年が舞台で、なんやかんやあって高橋一生に助けを求めるお話だった。
目が覚めたら大筋も忘れてしまった。

わが町を見に行くという可能性も大いにあったが、休みの日に信濃町までいくのを拒否する自分がいたので尊重した。見たい気持ちはあったけども。

今日はジョン・ウィックチャプター2を見に行くことにした。
先日のチラシ配送のバイト代が入ったのでこれを使ってやろうと思った。
去年の秋からずっと欲しかった文月悠光さんの『洗礼ダイアリー』というエッセイを買ってミスドにこもった。
文月さんは最年少で中原中也賞をとったいわゆる詩人なのだけど、ケイクスのネット連載の時からその感性と言葉選びに親しみを覚えていて、改めて読んでもいちいちフムフムとなる。女性詩人だからってセックスしてますか?といってくるおっさんのくだりとかあーあったなーと思いながら読んだ。
ミスドは適度に空いていて好きだ。尾道駅前にあったミスドといい、岡山のころのアパートのそばのミスドといい、割と思い出深い施設である。

ジョン・ウィックは二年前に1が公開された時に岡南のTOHOまで梅くんとバスに乗って見に行った。岡南というのは駅や大学がある北区ではなく、南区にある。だいたいチャリだと1時間、駅からバスで30分という辺鄙なところにある。しかも東宝でしかやらない作品も多く、見ようと思っても駅前のイオンシネマやメルパ、倉敷ムービックスでもやってなかったりするので結構めんどくさい。
ジョン・ウィックもまたTOHOシネマズ岡南まで行かねばならない案件であった。
当時の僕は体を壊して大学に行かずに日々を暮らしていたのだが、家が近所な梅くんとよく遊んでいた。梅くんが休講になって予定が空いたとのことで僕はジョンウィックに誘ってみた。
ジョン・ウィックは思ったよりも面白くて2人でごはんを食べながらやばかったやばかったと言っていた。そのあと海の方まで散歩して梅くんが写真を撮ってくれた。
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これがそのうちのひとつである。
とりあえず適当に歩いているのを撮ってもらった。
今にして思えばこれが前兆のような気もする。
この写真を撮ってもらった数日後に僕は岡山の舞台のオーディションを受けることを決め、その2ヶ月後には東京に行くための試験に願書を送り、3ヶ月後には東京行きの資格を手にすることになるのである。
だけどこうやって海辺の砂利道をトボトボ歩いてかっこつけてる時にはそんなことは露とも思わず、とりあえず日々の暮らしに怯えながら遊んでくれる友達がいることを喜んでいた。

ジョンウィック2を見に行っただけなのにそんなことを考える日です。
ジョンウィック2はまぁなんというか好みの続編ではなかったですね。

そういえば今日は七夕で、一年前はアトリエの笹に短冊を飾った。
シン・ゴジラが50億売れますように》という自分に微塵も関係ないお願いをしたが、あくまでお願いだったのにシン・ゴジラは70億を越えてしまった。

また話変わるけど、四年前に書いたツイートをRTする人があったので通知欄に懐かしいものがやってきた。
《かささぎの 渡せる橋は見えねども いまひとたびの あふこともがな》という雑な本歌取と雑なもがなの活用の短歌。
四年前の好きな女の子にあてて書いたらしいが、未練たらしい男だなと思う。その時の切実さはもう覚えてない。
岡山の七夕は毎年曇りだった気がする。
今年はどうですか。
僕はカササギの橋をまだ探してるような気がする。