テラノハ

言葉は涙だ。とベケットは言った。

2017-06-19の陽光

今日は昨日とうってかわって晴れ。夏の日差し。

『家を出た』の講評でアトリエへ。
出演もしてないし、係の仕事もしてないので発言することもなし。
ひたすらメモして気を紛らわせる。
明日こそはと思う。泪橋を逆に渡りたい。
明日のためにその1をその2を思い出せ、と思う。
僕のテストステロンはどこにいったのかなーと思う。
主体性も燃焼感もどこに行ったのかなーと思う。
拳を磨いたわけでもなく、ある日突然強くはなれない。
6月の日差しが早くも僕の肌を灼く。
ジリジリしてるのは肌か心かどっちだろうね。

今日は珍しく父が東京に用事があるので(僕に会うためでもある)、一緒にごはんを食べに行った。
そういえば、昨日は父の日だったがそういえばと思い出すくらいに何もしてなかった。元気な顔でも見せてあげられればよかったが、心配されていた。焼肉を食べに行ったが脂身を食べて腹を壊すことを心配された。久々に父と2人でごはんを食べた。しかも東京でなので変な感じだった。ちゃんと話すのも久しぶりで変な感じだった。最近は『LOGAN』や『Guardians Of The Galaxy vol.2』とか『遠い空の向こうに』を見て父のことを考えることの多い時期だったので、ありがとうの一言でも言えれば気が利いていたが、特に言えなかった。
僕は恵まれているんだろうなと思う。だからといって他人と比べる必要も感じないが、恵まれていることは折に触れて手触りを確かめるべきだなーと思った。
父とごはんを食べれることも、東京にいられることも、特に悩みもないことも。
ないものではなくてあるものを数えることを僕はマーク・ワトニーから学んだのでそうする。

父と東京の夜風に吹かれて歩くのは妙な気分だった。
8時前なのに明るい。もう夏だなー思いながら父と別れて僕は駅へ向かった。