テラノハ

言葉は涙だ。とベケットは言った。

2017-05-27の懺悔と悔悟

今日は辛い気持ちだけを吐露するゲロみたいなものなので。

今日は仕込みだったがいい所がまるでなかった。
相変わらず眠れなくて、しょうがないから半身浴してぼーっとしたら5時くらいに寝られて起きたら9時半で遅刻したことに戦慄して慌てて家を出たら作業用の靴を忘れて帰りたさにかられながらしれーっとアトリエにもぐりぺこぺこしながら作業に加わった。
行きの電車で旧日本軍みたいに殴られたらどうしよう、とか社会じゃ通用しないよみたいな説教されたらどうしよう、とかもしそうなったら僕は反抗するのだろうかそれともしゅんとするのだろうか、とこの世の終わりみたいな妄想をしていたが、特に咎められることもなく作業に没頭できてなんともいえない気分だった。

新調したカッターの切れ味を試せるベニヤ板の切断が何回かあったことは嬉しかった。
あとインパクトもそこそこ使えるようになった。
去年までの人が余る仕込みより格段にやることがあって嬉しい反面、自分が特に技能に優れないことにやきもきした。
舞台後方のベニヤ板はだいたい僕が打ちました。
昼休憩から4時間ほどたって頭がキューっと痛くなってあうあうあーになりながら作業をする。
あまりに辛いので座り込んでいたら楽屋で休むように促される。

楽屋の机に突っ伏していると、小学校6年の時の担任の先生の高校時代のエピソードを思い出した。
体育祭の昼休みに頭痛で教室に戻ったら誰も呼びにこないまま体育祭が終わったという話。
僕も世界に取り残されたというか、組織の成員として落伍していく気分になる。
有能な人に憧れる僕は、同じくらい役立たずが恐ろしい。
遅刻したことも働きがまだ足りないこともなにもかも悪い方に考えてしまう。やり切った疲労感ではなく頭痛に起因する虚無感に囚われる。

ありがとうございましたの挨拶が聞こえる。休み始めて30分くらいで終わったらしい。もっと長く感じる。
同期が楽屋に戻ってきていう、寝とったんかー?(笑)という軽口にもうまく笑えないし、いるものある?とか大丈夫?の声にもちゃんと返事ができない。大丈夫じゃないです、といっても迷惑だし、大丈夫ですというのは嘘になる。
みんなは達成感の中で賑やかだ。
始まりの挨拶にも終わりの挨拶にも立ち会えない僕は、見知らぬ高校の体育祭に紛れ込んでしまった気分。
開会式のあとにもぐり込んで、素知らぬ顔で競技に参加し、閉会式前に消えなくてはいけない偽の高校生。
疲労は分かちあえても達成感は分けてもらえない。
帰り際、お疲れ様と言ってくれる人にも心配して声をかけてくれる人にも愛想を使えず逃げるようにして駅に急ぐ。
間違って長居したら別の高校から来てるのを暴露されてしまうような卑屈な危惧。

そんなことはもちろんない。

ここは一年かけて僕が手に入れた教室なのだ。
体力はないけど、ここには僕の席がある。
保健室にしか登校できない五年前の僕ではない。
色んなことから逃げてたどり着いた東京でぼくはやっていかなくてはならない。

悲しい気持ちが電車で漏れそうで、早く帰って休めばいいのにこんなものを書いている。
ゲロったら胃酸で焼けるので口をゆすがないと、とあせる嗽だ。がらがらぺー。酸味よりも苦味が残る一日。

ふと、こういう時に彼女とかいなくてよかったとか思う。
悲しみを癒してもらうための自分に都合のいいサンドバッグみたいに他人を扱わずに済んでよかったと思う。
自分でも何言ってるかわからない。
優しく抱きしめられたいのに意地を張っている。
今日の僕は意地を張るスタミナさえない、痩せ犬だ。

しょうもない文章を公開してしまってすまなく思う。
家に帰る前に、全部出しておきたかった。
すこし頭痛がおさまってきた。

今度あったら、優しく抱きしめてほしい。