テラノハ

言葉は涙だ。とベケットは言った。

『問題のあるレストラン』をみています

『問題のあるレストラン』をレンタルで見ています。
現在#4まで見ました。

ツイートの埋め込みの仕方が分からないので文章貼ります…。

『問題のあるレストラン』1話。不在の中心田中たまこに引き寄せられた5人。自己紹介も兼ねながら過去を述解する巧みで丁寧な(舞台っぽい)作劇。母親、能天気、高学歴女子、女装癖、対人恐怖症。およそ男社会の軛に苦しんだ者達によるredemptionが始まろうとしている。ワクワクするな!

※2話は「いい話は時々人を殺す」回でした。

『問題のあるレストラン#3』
松岡茉優回。儚い希望が打ち砕かれる瞬間の茉優さまの瞳の揺らめきにすべてがある。
その揺らめきがやがて決意に変わり、ビストロフーは初戦を辛勝でどうにか切り抜ける。みんなしあわせになってくれ

『問題のあるレストラン#4』
二階堂ふみVS高畑充希回。面接シーンの黒いセーラームーンの話にはすごい感動したのに…喪服ちゃんも結局女教に入信したかったんや…なにかに委ねたかったんやと思うと悔しかった。ハイテンションクソ野郎をやらせて菅田将暉の右に出るやつはおらん。

ドラマというのは留まろうとする作用。
トーリーというのは流れていく作用だと思っています。
TVドラマは1話の中に山場を作るべく問題発生→心情吐露→問題解決でカタルシスを生み出すシステムをしています。
一方映画は2時間という尺でカタルシスを産まないといけないけど、いたずらに問題を発生させるのはあんまり好きじゃありません。

なのでドラマの面白さと映画の面白さは別個のものです。
問題のあるレストランは面白いです。
1話の集結感もワクワク感もよかったです。
今んとこ各話各キャラの掘り下げで楽しいですな。

女が幸せになれば男も幸せになれるのに

これにつきます。
女の子はバカの方が愛されるから、その方が選ばれるからそうしてしまう、高畑充希はその顕在化したキャラ。セーラージュピターの話は辛いけどどっちを選ぶのかって話ですよ。

最近、友達と飲み会があったんですがみんな大人だなーと思いました。
どこで大人になるんやろかーと思いました。
僕はまだ大人じゃなさそうです。
今はみんなが就職したからそう見えるだけなのか?
僕が働いてないから大人じゃないのか?

少なくとも獲得する賃金の多寡では大人かどうかを判別できません。
僕がいま感じているのは大人かどうかじゃなくてちょっとしたおいてけぼり感です。

いつもおいてけぼりの人生だったので、明日もトボトボ参りましょう。道は歩けなくても空を飛びましょう。