テラノハ

言葉は涙だ。とベケットは言った。

2017-09-23の大気

今日は曇り。肌寒い。肌で寒さを感じるのが秋。呼吸で寒さを感じるのが冬。

今日は三代目J Soul Brothersマイク・タイソンジャッキー・チェンとバスケをする夢を見た。
3代目が相手で、タイソンとジャッキーが仲間だった。なぜかAKIRAさんがダンクシュートを決めていた。3代目の人じゃないのに。
タイソンは見た目通り動きが遅くて頼りにならず、ジャッキーも華麗な動きをしてくれるものかと思ったら頼りなかった。僕も大して活躍していない。
もうひとつはなぜか高校の頃に戻っていて先生が模範解答に出てくる「メンヘラ」という言葉について僕に尋ねてきて、「気持ちが落ち込むのは誰にでもあることだけど、その後の対処を自分ひとりでできなくなっている人」という説明をしたら教室中から拍手された。
いずれも変な夢だった。

母が出かけたので起きてから食事へのモチベーションがあがらなかったが、プリンとヨーグルトを食べた。1人の自室は妙に広く、母とはいえ他人だなと改めて思った。
マイケル・ベイの13時間という映画を見た。戦闘シーンがいかつくてよかった。
家にいるのも飽きたし、映画を見るのも疲れるので図書館まで散歩することにした。大気中にはキンモクセイの成分が混じっており、秋だと分かる。
みれば緑色の中に黄色いドットをちらつかせるキンモクセイが咲いていた。1年の中で一番好きな1週間が始まる。冴えた空気と甘々なキンモクセイの香り。
東京にもちゃんとキンモクセイは咲く。
図書館で雑誌コーナーをウロウロした。an・anの高橋一生はかっこよかった。これになりたい。アウトレイジ特集のcutを読んでたらヤクザの出てくる戯曲を書けそうな気がしてきて少し興奮した。ヤクザが出てくる映画はたくさんあるけど、ヤクザが主役の(暴力装置としてでないヤクザそのもの)戯曲は少ないのでは?シダの群れとかあったか。映画を撮りたいではなくて戯曲が書けそうと思う辺りにややほくそ笑んでしまった。
ヨーグルトとプリンしか食べてないのに、お腹が痛くなりトイレに行く。むしろその二つが冷えていたのが原因だろうか。母といはいえ他人がいたことに張り詰めていたのだろうか。
少し回復してきただけに、この感じはやるせなかった。帰りにパン屋に寄ってパンを買い、家に帰って暖かいココアを入れた。
食欲ってなんだろう。ポテトフライが食べたくなった。

今日は仕込みがあったからきっとアトリエにセットが組み上がってるのだろう、などと考えると少しばかり冷えた思いがする。それは秋の陽気のせいなのか、体が虚弱だからなのか、両方なのか。
明日からまたおかゆをゆっくり食べてみよう。
焦りは禁物である。

2017-09-22の水原希子になりたいボーイ

今日は曇りのち雨。ここ最近やや暑かったが今日は涼しかった。

体調も一時期よりはマシになってきた。
まだ調子乗って食べると戻すので見極めが肝心。

今日は『奥田民生になりたいボーイと出会う男すべて狂わせるガール』(以下、民生ボーイ)をみた。体力的には結構しんどかったが、民生ボーイみたあとお腹がすいてドーナツなど食べる気になった。

民生ボーイという映画はなにを期待していくかで満足度が違う。正直いって今までの大根仁恋愛映画のトリビュートというかコンピレーションというかベストアルバムというか焼き直しというか。御本人もTwitterでもうしばらく恋愛映画は撮らないっていってたが、総決算というか技術の粋を結集した感があった。
とにかく水原希子が最高。どエロい。目つきとか体つきとか声とか全部。ああ、サキュバスってきっとこういう姿をしてるんだろうなーと思った。まんまと術中にハマった。『モテキ』のみゆきちゃんにしても『バクマン。』の亜豆にしても大根作品は女の子の影ばかり拝んでいて肝心の女の子の目を見れてない気がする。それは崇拝にも似た感覚で、ファムファタルといえば映画っぽいけど、女体は好きだけど女は苦手みたいな感じがある。ミソジニーとかそれっぽい言葉で逃げたくないけど、なんというか好きすぎて傷つけることも怖がる感じが実に男の子っぽくて僕は好きです。描き方でそんなことを考えていても、画面に映る水原希子はどちゃくそ綺麗なので最高。映画は映ってるものがすべて。女の子を綺麗に撮れるというのはカメラを触る人なら必須の能力だけどほんとによい。それだけでも元が取れる。
前半はサブカル男子のためのAVみたいなイチャラブぷり、後半はややモラハラ的スリラーになる。(500)日のサマーになるのか?と思ったけどそんな感じでもなかった。
編集部映画としてもナタリーやジャンプと違ってオサレなライフスタイル雑誌らしい編集部でした。パーテーションがやや色味があって好き。伊賀大介のスタイリングもよくて、情けない時のコーロキはパーカーを着てて、今回はTシャツをチェックするの忘れてしまったけど、渋谷直角のマンガに出てくるずっと帽子かぶってるヤツ感がよかった。なにより水原希子が最高。おれも水原希子になりたい。あんな風になんでも着こなして、尻のショットで画面がもつようないい感じになりたい。笑顔で人の心を掴むのが上手くて時たま機嫌が悪くなりたい。
水原希子はサマーとはまた違った女の子で、ほぼほぼ内面とか過去とか描いてもらえないので理想化された女なんだけども、ウソはついてないという意味ではサマーに似てる。相手の一番喜ぶ行動や言動をするってのはモテの最大の要素だと思うし、それに関しては水原希子自身がインタビューでかっこいいことを言っていてかっこよかった。ぜひ読んでほしい。
http://wezz-y.com/archives/50008?read=more

女子がモテを必要としない世の中になってほしいってとてもいい言葉だと思う。
『問題のあるレストラン』をみて強く思ったけど、自分以外の人間のご機嫌取りで人生を空費するのなんてまっぴらごめんだし、女子はわりかしそういうことの多い人生なんだろうなーと思って僕は男だけどジーンと来てしまった。完全に偏見ですが、民生ボーイのあかりちゃん、父親と円満ではないだろうなーと思って見てた。でもあかりちゃんはメンヘラでもビッチでもないのが凄くない??ちゃんと仕事しっかりするし。

水原希子Twitterで絡まられたり大変だと思うけどそんなこととは関係なく美しく生きていってほしい。美しく楽しく生きることが最大の防御だよ。

ダンケルク雑感

今日は曇りのち晴れ。昨日よりはごはんたべれるようになったが、食べすぎたのか戻したりした。

昨日の夜、なんか調子がよかったのともう3日も家にいるのが嫌になったのでダンケルクを見に行くことにした。
お腹こそ痛くならなかったけど劇場につくあたりでやや満足して帰ろうかなとも思ったが、ここで帰るとダメな気がしてやや無理をして見ることにした。

ダンケルクは製作開始の時からノーランが戦争映画をやる、実際の船とか戦闘機を買ったとか相変わらずのニュースに触れる度にワクワクしていた。公開から10日も経ってしまったら意外と賛否両論あるみたいで、内容がわかりにくいみたいな話もきこえていた。
そういう前情報はなしでいきなり見たかった気もするが、結果としてわかりにくさに気をつけて見たおかげかとても面白かった。
戦争映画というと残虐な破壊描写とか兵士の個性とかでドラマを盛り上げるのが主流な気がするが、ダンケルクは『シン・ゴジラ』とかと同じような人間ひとりではどうしようもない事象としての戦争映画だった。状況映画とも言える。ドラマという意味での物語はないが、ストーリーとしてはちゃんとあるので『シン・ゴジラ』『マッドマックス怒りのデスロード』がハマった人はハマれるのかなと思った。
キャラの背景とかは察するしかないけどエサは十分に撒かれているので関係性萌えとしてもおいしい。
七人の侍』の野武士みたいな顔の見えない暴力装置って感じのドイツ軍はあまり悪者っぽくなくてなんかよかった。
戦争映画というよりはノーランお得意の時間についての映画って感じで劇伴も延々チクタクチクタクうるさい。編集でいきつ戻りつするのでそこがわかりにくいという向きもあろうが、僕は『ハリーポッターとアズカバンの囚人』のハーマイオニーの時計のくだりが好きなのでおおーそこが繋がるかーと興奮していた。
あとびっくりするくらい顔のアップが多くて沢山の英国俳優が拝めます。それと対比するような海原と空の広がりとか、生死の水際としての海岸線とか。
ちょっとだけこの前見た『関ヶ原』をこの構成でやったら面白いのではなどと思った。
大体面白い映画というと、お話がおもしろいという意味で使うけどダンケルクはどちらかというと詩みたいな感じなのでお話を見る感じじゃない。小説を読むというよりは写真集を見る感じ。観念的。
映画を見てる時は大体主人公がいてそいつの目的があって、観客はそれを外側から眺めているから時間の流れが客観的に見えるけどダンケルクの場合は主観的な時間の見え方というか、焦ってる時のいつこれが終わるんだ~みたいな感覚になる。
音響がよいので『プライベートライアン』冒頭的な戦場も想起されるが、暴力としての映像というよりは印象としての映像という感じ。伝われ。

考えるよりも感じるタイプの映画ではあるけど、考えてないと今なにやってるのかわからなくなるという困ったタイプの映画。他の監督なら海岸→船→戦闘機の順で話を進めるかもしれないけど、それだとただ並べただけみたいになるというか、映画はたくさん撮った時間の素材を並べ替えたりして成り立つ芸術なのでこれでよかったと思う。主人公らしい主人公がいないのが戦争っぽいというか、各人のやることをやりましょうという気がする。
今までそんなに戦争映画みてもないけどこういうタイプの作品があってもいいなーというかすごく好きになってしまった。器用な子じゃないけどそこが好きなのかもしれない。あと見た目。ホイテ・ヴァン・ホイテマの撮影とトムハーディがかっこよいからなんでもいい。CG使わないのが凄いかというとそれはもう好みの問題だけど、強いていえばドキュメンタリー(ここでいうドキュメンタリーとは物語の行く末を前もって知ることが出来ない程度の意味)チックになる凄みは感じた。
最近タルコフスキーの映画が好きなのかもしれないなと思い始めたところなので詩的な映像は食い合わせがよかった。イニャリトゥの『レヴェナント』もある意味、状況映画で詩的な映像ではあったのにあれには乗れなかったのはなぜだろう。いやあれは状況に対処というよりは我慢大会だったせいか。

ノーランらしさはあるけど、過去作みたいな冒頭の何気ない映像があとで大事とわかる作品でもないし、ラストカットが解釈のために突き放した感じでなんか新たな一面を見た。

ダラダラ言うてたらもっかい見たくなってしまった。

2017-09-19の経過観察

今日も晴れ。
母は今日も洗濯かあちゃんだった。

おかゆを食べて吐かずにいられるのは助かるが、胃に痛みがあってしばらく寝られない。
胃の痛みが収まるまで映画を見て気を紛らわせるなどして、眠気が来るのを待っている。
シクシク痛む胃を撫でながらなにもせずにいるのは辛いので。

母は朝から散歩に行ったりしていて今日もバイタリティがすごい。
浴衣を手洗いしてもらった。今シーズンは浴衣を1回も着なかった。去年は授業で着付けを習って稽古で着たり、銀座の十誡の浴衣割引のために着てえっちら行ったな。
布団を干すと久々にカーペットが見えて、掃除機などは自分でかける。

どうせおかゆでもお腹痛くなるなら好きなもの食いてーなと思うが、たぶん体へのダメージを考えるとおかゆがいいのだろう。痛くはなるけど下したり吐いたりはないのでおかゆはやはり偉いと思う。
今日は母にPerfumeのコズミックエクスプローラーのライブブルーレイを見せてPerfumeの素晴らしさを布教したりした。P.T.Aのコーナーもテレビの前でやってくれたので楽しんでくれたなら嬉しい。
あとしりとりをしようということになり、今年23になる男とその母親が食べ物しりとりで真剣に覇を競った。結局僕がルのつく食べ物が出てこなくて負けた。悔しい。ルマンドルッコラルイボスティーとかは出たのに。しりとりはリラックス効果があるときいたが、お昼寝などしてしまった。

研修科のTwitterでは今回から告知動画を始めており、今日は我らが一年女子の日だった。久々にみるみんなはいつも以上にかわいかった。わりとよそ行きのテンションの人とそうじゃない人がいて面白かった。明日は男子だな。あー出たかったなー。
でもTwitterを見るくらいの元気は出てきたということなのでよしとする。

まばたきが多いと母に言われたが、前も同期に言われた。
石原慎太郎がまばたきばっかりしてて変なのーとか笑ってたことがあるが、ぼくも同じ感じになってるらしい。自覚がないのでこわい。緊張なのかなんなのか。謎である。

今日も胃は痛いが、ごはんを食べることをやめたりはしなかったので母に感謝する。
痛いのはやだけども、体力が削れる一方なのはもっと嫌である。
夕飯のおでんがおいしかった。

2017-09-18の野分の脇の休みの子

昨日の夜は台風ですごい雨と風。 今日は俗に言う台風一過らしく青々として透き通った快晴。

昨日、母が広島からやってきた。
正直びっくりした。病状は伝えたりしていたが、行こうか?と聞かれる度に断っていて、本当に来るとは親はすごいなーと他人事のように思っている。

僕が寝たきりになっているうちに、みるみる部屋が片付けられていく。
活動的な母と寝ている僕。
ありがたいことなんだけど、本来なら自分でやらなくちゃいけないことをテキパキとやられてしまって自室なのに居心地がわるい。
ガスコンロがないじゃんと言うが早いか、カセットコンロと鍋を買ってきて持ってきた米でおかゆさんを作ってくれた。
食べられるかどうかはまた別問題で、少しずつ食べた。
夜、ヨーグルトとおかゆを食べるがずっとムカムカしてえづいてみたが、なにも出てこなかった。それはそれで気持ち悪かった。



稽古のこと。
結論から言うと降板ということになる。
それを言うことがそのまま役者失格だーとか不義理無責任だーと誰も責めてこないがセルフで烙印を押して苦しんでいる。落伍者というレッテルはあたかも『NARUTO』の呪印のようにジワジワと熱を持って身を焼いてくる。元気なうちは見えないけれど抵抗力が弱まると出てくるらしい。つまり今は四六時中でてる。胃炎と逆流性食道炎では満足にものも食べられず、結果体は弱り、心で支えるのも無理になったらしい。
ゴドーの時から体調は万全ではなかったがあの頃はまだ気合でもってた気がする。今回もそれでいければよかったのかもしれないが、そういう綱渡りをやめてまず体を直せというサインなのかもしれない。そう捉えないとやってられない。
毎朝稽古に行けない旨を伝えるのが心苦しかったが、辞意を伝えて休むことに専念するということはそれなりに効果があるらしく、やや精神的にも回復してきたように思う。
回復しかけたことは嬉しいが、それが降板に伴うものというのはなんとも言えない。
役者殺すにゃ刃物はいらぬ役の三つも干せばいい、なんて言葉があるが、生きるよすがたる役を自分から手放すことになるなんて思ってもみなかった。生きるよすがというのは大袈裟かもしれないけど、役者のイデアというか理想の役者は病を押して舞台に立って美談にしなくちゃみたいな昭和的旧日本軍的視野狭窄に陥ってたなーという気がする。
迷惑かけるのも心配されるのも嫌で頑張れる自分だけが正しい自分という思い込みは大学時代に1度やって結果体を壊したが、今回は頑張りきる前に壊れてしまった。やはり最大HPが減ったのだろう。
読者諸兄もお気をつけください。

さっき同期とLINEしてて次があるということをやっと思い出せたというか、これで完全に終わったと思っていたので(精神的に再起不可能なのかもなと思ったりもしたがそこからはマシになってきた)、変な感じがする。無論、僕がもう戻りたくなかった世話のかかる体と心の弱い子という評価をする方も中にはいるだろうが、そこに人生のケツ持ちがいるわけではないので諦めるしかない。
次までに体が治らんとどうしようもない。
今日は調子に乗ってオクラの胡麻和えを食べたが吐いたし、胃が痛くて寝られない。
元気になることにだけ集中するというのも結構難しい。

少なくともスマホが爆弾のように思えて電源を切ってた時期は脱したので、やや回復してるんじゃないかな、しらんけど。

2017-09-13の安心嘔吐

今日は晴れなのか曇りなのかよくわからない。カーテンを開けてないし外に出られなかったので。

今日も稽古を休んだ。

朝からずっと気持ち悪かった。体温は普通で汗がじとーってなるやつ。
稽古にいきたい、とか行かなきゃみたいな気持ちがつらすぎてもはやなにも考えたくない。
なにも考えたくないのに、囚われるのは不安感ばかりでお酒でも飲んで忘れたいけど絶対気持ち悪くなるのでやめておく。
そもそも酒を飲まなくても吐き気はあるし、なんなら吐いた方が安心感が出てきた。
自分でもよくわからないけどこの自傷で安心するの完全にメンヘラのそれで気持ち悪い。

東京まで来れたということが、今ではもう逆にあとが無い気分になる。
ここでダメになったらもうどこに行ってもダメだよみたいな気分。
ここで倒れたらもう起き上がれなくなる気分。
ここで逃げたらもう戦えなくなる気分。
そういう切迫感で立ち上がれるかといわれたらそんなことはなく、不義理や無責任の負い目で後ろ指を指されてもここから消えてしまいたくなる。
周りの優しさにすがりながら生きていくのはつらい。一人で生きるのもつらいけど。

無理やりスパゲッティを買ってきて食べたら口に入れた瞬間だけその不安感から逃れられたけど、またいつ吐くのかなーと思いながら『裏切りのサーカス』を見た。ちょっとだけ戻した。

誰かに伝えたいけど伝えるのも億劫で、その癖こんなふうに全世界に開陳してしまって僕は逃げ出したい。
二年前の時より未来が暗い。おかしい。
考えれば考えるほど雁字搦めで身動き取れなくなる。
恥知らずなのに恥ずかしさで身がただれそう。

稽古中にこんなことで悩みたくなかった。
気力も体力も食欲も湧いてこなくて、焦ってばかり。
もうやめていいよっていってほしい。

2017-09-16の触手

今日は曇り時々雨。

昨日から窓を開けて寝ている。
やや寒いが、その分毛布を頭まで被って寝られるので心地いい。
今日は5時過ぎに起きて二度寝して8時半に起きて病院に行く。
胃カメラの日なので。

起きて鏡を見たら目の周りが黒くていよいよ栄養失調の人みたいになってきた。
昨日はびっくりするくらいなんでも吐いたから仕方ない。
今日も水だけ飲んで病院にいったのでフラフラする。
担当の看護師さんが僕の名前をローマ字で書けなくて聞いてきた。たしかにめんどくさい表記ですもんね、と思う。
喉に麻酔をされて変な感じ。唾は飲み込めないのでダラダラ垂れ流す。
いよいよ挿入の時がやってくる。喉を通過する一瞬がすごく不快。ただ過ぎてしまえばあとはなんか入ってくるだけ。風を送られるのでゲップが出る。
胃の中を何かが動いてる感覚がわかり、気持ち悪い。後半はずっとうーうー唸っていた。「もう半分終わりましたよー」と事務的に先生がいう。
思ったよりすぐ終わる。ダラダラ鼻水とか出るのを拭っていると先生がすぐ所見を言い始めるのでぼーっとした頭で聞いている。胃の入口が本来なら丸くなってるところが歪になってるから逆流性食道炎らしい。あと胃炎。
今もらってる胃薬で様子見てくださいみたいな感じだった。処置も診断も呆気なさすぎて気持ちのやり場に困る。もっと重篤かと思ったらそうでもないし、よく分からない。
触手プレイみたいなのたまに漫画とかであるが、絶対気持ちよくないと思う。レイプされたことないけど体に異物が入ってきたらびっくりするし終わったらぼーっとするのかななんて考えた。

稽古場来れそう?というLINEが入っているが、とりあえず病状を伝えて行けなさそうと断る。
帰りにアロエヨーグルトを買う。公園のベンチに座ってみるが雨が降りそうなので帰宅する。

ヨーグルトを食べてみると吐かずにすんだ。
疲れがどっと出て眠くなったので横になる。
気がつくと夕方5時だった。

起きて昨日買っておいたカボチャプリンを食べてみる。
胃カメラ頑張れたら食べようと褒美に買っておいたので食べる。あまりおいしくないがおいしい。もっと心から味わいたい。
ヨーグルトも食べるが、吐かずに済む。
どこか物足りなくなっている。
吐くことで安心しているらしい。困った。

昨日は稽古に行こうと思ったり、行かなきゃと思ったり、将来どうなるんだろうと思ったら吐いていたのだが、今日はなにも考えずにいたせいか吐かずにすんだ。
高校にいけなかった時期でも大学には行きたがっていて、高卒認定試験の願書送ったりして(結局受けなかったけど)どうにか卒業して大学に入った。
大学にいけなかった時期も役者にはなりたいと思っていて、映画だけは見ていた。そして東京に出てきた。

今はなにもそういうのがない。目の前の苦しみみたいなのも将来これがやりたいみたいなのもない。
ただただ気力がない。責任感で治らなきゃ治さなきゃと思うとつらい。大学行かない割に自由気ままに映画館にだけはいっていた頃が懐かしい。なんだかんだ元気になったのはあの日々があったからかもしれん。今は映画館にだけは行きたいとかも思えずにいる。

友達に悩みを話すみたいなことは、軽微な悩みなら有効であるが、こういう場合は専門機関で治療すべきなので友達にもあまり話せない。友達を頼ろうとも思わなくなったので高校の頃よりは進歩したのかもしれない。気にかけられる度にごめんなさいとありがとうしかテキストコマンドがなくなる。

こんなことを考えていたら汗が出て、手が震えだした。
そとは雨の音と虫の音が聞こえて大好きな季節なのに。涼しいのに。