テラノハ

言葉は涙だ。とベケットは言った。

黒船を見たとき、龍馬は

黒船を見たとき、龍馬は何を感じただろうか。

ふとそんな文言が頭をよぎる。
ぼくは龍馬は別に好きじゃない。
龍馬が好きってわざわざいう人、支持政党を明言してくるタイプと同じくらい怖い。
司馬遼太郎は大阪の記念館にもいったし、高知の坂本龍馬記念館にもいったからそれなりに好きは好き。

でも坂本龍馬を引き合いにだしたり、日本の洗濯とか維新とかいいだす政治家がみんなだいぶアレなことを思うとその名の持つ罪は重い。和や協調性を重んじる社会においてああいうタイプは肩身が狭い人の心をエクスプロイテーションしてるだけのように思う。

でまぁなにが言いたいかというと
若い時に自分の想像の範疇をはみでるものを目撃すると人はどういう気分になるのかなーと思った。
怯える、怖がる、戦意をむきだしにする、落ち込む、考える……。
怪獣みたいな大きなものをみた時も大体同じ気持ちになるのかもしれない。

今日は低気圧でだるすぎて昼寝した。正確に言うと映画を見ながら寝落ちした。奨学金の書類をやらなくちゃいけなかったのに。
起きてLINEをみると次の発表会の配役が発表されており、もう何度目か分からないドキドキと共にそのファイルを開いた。
とりあえず名前があったので安心した。
このパターン多い。口頭で発表されるのが懐かしい。
情緒があるけど緊張するからpdfでいいや。


あと歯が痛い。
仮の被せ物をしていて来週にまた歯医者に行かなくてはいけない。保険が効かないのでまた実家に泣きついている。
このまえの秋冬、よく胃酸を吐いたので歯が溶けた。虫歯の進行を促進したらしい。
まぁ見栄えはよくないからいやだなーと思いつつもほったらかしにしてたらこの前実家帰った時にさすがに心配された。
人前にでるからセラミックにしな、といってくれる父親とわしは別に金歯でいいと思うけど仕方なくなといってくる父親は同一人物である。
口もお金も出してくれるなんて、いいプロ野球のオーナーみたいだな。

はやく児島虎次郎になりたい。
歯が痛くて寝られないので話がまとまらない。
寝苦しい。餃子とビールをたらふく食べたい。
昨日先輩後輩の女子とサイゼでワインを飲んだら1日お腹が痛かった。
アルコールに向いていない。

黒船を見たとき、龍馬がどう感じたかなんて知ったこっちゃねぇ。
おれはいま歯が痛い。それだけは確実だ。
コギトエルゴスム。

久々のdigり

この前財布が入ったカバンごと電車に忘れて返ってこない。

保険証は実家に帰った時に再交付してもらい、キャッシュカードは止めて、学生証も再発行。
Tカードも再発行できるって昨日やっと知った。216円。

Amazonプライムに入ってるのでもはやTSUTAYAは遠い友達になりつつあったが、再発行したら焼けぼっくいに火がつく感じで沢山映画を借りてしまった。

バリー・シール(トム・クルーズが主演のハチャメチャな実話ベースの変な話。昨日これを見た。やっぱり森川ボイスはいい。なっちの字幕がコトだった

道(フェリーニのやつ。この前の稽古でみんなで見たのを見そびれたので)
嘆きの王冠ホロウクラウン ヘンリー五世(この前新国立でやっててヘンリー5世好きになったのでBBCのドラマのやつ。トムヒがヘンリー5世で素敵。途中まで見た。さい芸で桃李くんがやるのもたのしみ。)
嘆きの王冠ホロウクラウン リチャード三世(井上ひさしの『天保十二年のシェイクスピア』で佐渡の三世次がいかつくて元ネタ探訪のため。カンバーバッチがリチャード三世である!)
オンザミルキーロード(先輩に勧められてた変な映画)
関ヶ原(劇場でもみたやつ。字幕付きでみたくなったので)
ハイドリヒを撃て!ナチの野獣暗殺作戦(ナチスの映画はたくさん作られるのはハリウッドがユダヤ人たちの作った街だからでそれって不思議だなーと思う。)
予兆 散歩する侵略者散歩する侵略者の方はみたけどこの外伝の方が評判がいい。東出くんが宇宙人?らしくそんなの期待しかない)
ネオンデーモン(劇場でみそびれたレフンのモデル業界のやつ。)
西遊記2(チャウ・シンチーのやつ。吹替がいいんだよ。1は劇場でみた)

意外と見逃した映画が多かったことを久々に思い知らされる。
Amazonプライムでみれる(借りれる)やつもあるが、やはりディスクで締切付きで見ないと圧がかからなくて回転率が悪い。趣味なのにそんな枷をはめんでもとも思うが、ダラダラ流してるだけじゃ身にならん。

小3のころ、父が新明解国語辞典をプレゼントしてくれて、国語の時間によくめくっていた。同級生は図書室の白い辞書を使っていたのを横目に真っ赤な辞書をシャア専用機よろしくドヤ顔で開くいやな小学生だった。
そこでついつい辞書を読みふける癖がついたのはオタクの素養に一役買っていると思う。
電子辞書はもったことがなく、今回のTSUTAYAのdigりも、Amazonプライムだとそうはいかなかっただろうなと思う。
まぁ電子辞書やアマプラにはそれぞれのよさがあり、紙の辞書のアタタカミがーみたいなしょうもないことは言いたくないが、久々に渉猟する本能みたいなものを味わって楽しかった。

1時間もあれかこれかと店内をさ迷うのは無駄かもしれないが、ぼくは無駄を愛していきたい。
半年前は商品が迫ってくるみたいでしんどくなったのに不思議だと思う。

雨の季節になってきた。
赤いレインスニーカーがほしいなと思った。
鍵もなくしたので鍵交換で一万六千円もかかるらしい。
どれ位中抜きされてるのだろうか。
やりたいこともいきたいとこも会いたい人もたくさなのに、お金は使うとなくなる。
雨のせいで弱気になってしまう。
せめて働く甲斐性があればなぁーなどと啄木も思っただろうか。
僕は恵まれている。悩む暇があるから。

見たぜ!青年団『日本文学盛衰史』

もう夏の日差し。

吉祥寺シアター青年団日本文学盛衰史』を見た。めちゃくちゃ面白くてアフタートーク平田オリザに質問もしたし、台本買って握手もしてもらった。

高橋源一郎はわりと好きな作家のはずなんだが、『さようなら、ギャングたち』も『ジョン・レノン対火星人』も途中で挫折している。『日本文学盛衰史』もほしい物リストにはもう4年は入っている。
尾道にゆかりがあったりして好きは好き。橋本麻里さんのお父さんだし。
平田オリザは演劇を初めた三年前に読んだ『演技と演出』という新書が大層面白くていつか青年団の舞台を見ようと思っていた。

そこにきてこの4月に情熱のフラミンゴの『LOVE BATTLE FIELD』を見た時のチラシにこれのが挟まっており、ムムム!となったので即チケット取った。

めくるめく文学を、新たなる散文を手に入れようとする人々と現代口語演劇を獲得・発展させてきた青年団がオーバーラップして、すごく楽しい青春群像だった。
参考文献に挙がっていた関川夏央谷口ジローの『坊っちゃんの時代』という漫画がすごく好きで、これは二葉亭四迷の葬式で漱石や鷗外が挨拶したりするのだけどそれに倣ってか北村透谷の通夜、正岡子規の通夜、二葉亭四迷の通夜、夏目漱石の通夜を幕ごとの舞台に進行する。 島崎藤村田山花袋は通してずっといて、入れ替わり立ち代り色々な文学を志す人たちが来る。みんなチャーミングだった。石川啄木が「ぼくは泣き虫で生意気なんです」といったり細かいネタが多くて楽しい。
本来は縁もゆかりもなかった人を故人とのつながりで一堂に会させ、思わぬ会話をするというパスティーシュの面白さはオタクの大好きなヤツ、ぼくは『ドリフターズ』で高校の時にそれを知りましたね。
『月に吠えらんねぇ』というマンガも明治の歌人詩人文豪が出てきて好きなのだけどそれに近いものがあった。

歴史上の人々を史実の偉人として表現するというよりは、生活感のある言葉の中で生きているように描かれているのがいわゆる口語演劇の楽しいところだなと思う。時事ネタをぶっ込んでるのは原作由来らしく、LINEやTwitterが出てくるわ、紀州ドンファンは初日にセリフに入れたらしい。日々アップデートされるの、いいね!
時事ネタが奇抜に見えたのは最初だけで、要は当時の風俗や噂話として彼ら彼女らがしていた会話の生活感を回復するための心配りだなと思う。これがNHKの大河とかだったら色々文句もあろうが、そこはそれ演劇は自由なのである。
平田オリザだけあって、演劇史的な部分、坪内逍遥島村抱月、おまけに伊藤野枝平塚らいてうまで出てきてこの1月の『美しきものの伝説』に漸近する部分もあり、キャラの描写の異同が楽しかった。アフタートークで質問したのは「『美しきものの伝説』も同時代を描いているが、先行作品はなにか意識したのか」みたいなことで、きけば「日本演劇盛衰史をいつかやろうと思ってとってある」らしい。
楽しみぜー。

『LOVE BATTLE FIELD』に客演ででてた兵藤公美さんが夏目漱石宮澤賢治をやっていてキュートだった。
僕はなぜか正岡子規が「あしは身体が弱いけどもっと生きてたくさん書きたい」みたいなことをいうところで泣けてしまい、そこから子規の愛され方に無性に憧れてしまった。
“世の人は四国猿とぞ笑ふなる 四国の猿の小猿ぞわれは”
という子規の歌を初めて聞き、ああ僕の歌だなとまた勝手に投影してグッときた。
森鷗外も津和野だし、石川啄木は岩手だし、宮澤賢治もそう。田舎もんにこそ文学は宿るんかもしれんな。そういうのが好きです。漱石は東京の人だけど。

盛衰史とつくだけあって、話は過去だけでなく現在と未来まで射程に入れてとても、いい。
よりにもよって青年団らしくない芝居を初めてで見たらしいがとても好きだった。


言葉の力を大切にせんといけんなとおもう。
演説セリフ、説明セリフに負けないぞ。説明演技に堕さないぞ、と思う。

暑い夏、もっと熱ぅしちゃるけんな。

サラバ愛しきかなしみたちよ

めちゃくちゃ快晴じゃないです?
もう夏。このまま暑いなら暑いでええけん、途端に寒くなるのだけやめてほしい。
不安定なのは僕の将来だけで十分です。

3月ぶりに帰省した。
あの頃はまだ寒く、体も弱く、ごはんもそんなに食べられず、父も母も僕を見る度に顔に心配の色が濃かった。
今回は2人ともふーん、おかえりくらいの無感動な出迎えだった。
元気なことが日常になり、体調不良が非日常になってきたことを物語るエピソードであるなぁ。
このブログではしきりに寺の子アピールをしていたが、この度は寺の行事の手伝いで帰ってきた。
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毎年六月の頭に別時念仏会という朝から晩まで木魚を叩いてビートを刻み、称名念仏をするやつである。
ネットで宗教の話をするのはあまり得策ではなく、それは宗教がちんこと同じ程度にグロテスクな見た目をしているからである。
ちんこは綺麗な手で扱うべきで、人前で晒すのは不作法で、勝手に気持ちよくなるのは危険である。

なんというかぼくは小さい頃からこの行事が嫌いだった。
全国各地から有徳のお坊さん方や檀信徒のおじさんおばさんがやってきて家の中が慌ただしくなる。父は掃除に僕を動員し、母は料理作りでてんてこまい。小さい時分はやってきたおじさんおばさんに可愛がってもらえたりお小遣いがもらえて嬉しいところもあったが、中高の頃は嫌で嫌で仕方なかった。
なにより当たり前のように、無料の人足の如く廊下拭きや庭の草取りをやらされるのが気に食わなかった。
正しくいえば行事が嫌いというよりそれにまつわる父のピリピリした態度に半ばビビり、嫌がる自分がいやだったのだと思う。

でも今回は違った。
溝さらいを半日やったが、妙に楽しかった。父が膝を痛めて気性が穏やかになったからなのか、僕がごはんを食べれるようになって元気に人と関われるようになったからか、Bluetoothスピーカーで斉藤由貴とか尾崎とかHOUND DOGの曲をかけながら作業したからかはわからぬ。
でも側溝の溜まり場に沈殿する砂利をスコップや十能で掬うとき、それはまた半年間の悩みや苦しみといった諸々の余分な感情のようにも思え、それが水中から大気中に積み上げられると、よくわからんけどスッとするところがあった。
廊下拭きも膝は痛いし、嫌いだったのに筋トレとしては実に効果的なことに気づいてからは妙に楽しかった。中高の頃は疲れるばかりだと思っていたが適度におやつを食べてカロリーを摂取していれば問題なく駆動することもわかった。
自分の機嫌は自分で守らないといけないとぼくは知っている。
僕の機嫌がいいと、父や母の機嫌もまたいいように思われる。それはご機嫌取りをしてる訳ではなくて、イライラをぶつけあわずに済むからだ。

ほんでもってこの三月に山姥という能を見てから、修験道とか山の民とか目に見えないものを信ずる芸能にお寺が深く関わってることを知ってから数珠をつけるようになった。
いつも1時間半から2時間ある念仏のうち、まともに出来るのは30分が限界で、あとは時計を見てはまだ5分しか経ってないやんけなどと心中で苦々しく思い、脚を崩してだらしなく木魚だけを叩いたりしていた。
今回は発声と姿勢の訓練やとおもって取り組んだら妙にのめり込み、1度も時計を見ずにやりきることが出来た。その時の驚きは小五の時に島の遠泳大会で隣の島まで800m泳いでふと足がついた時みたいだった。諸行は無常ですなぁ。

わりに孝行した帰省だった。
祖母も父母も僕を見る時に不安ではなくて嬉しそうにしてくれたので僕も満足である。
帰属する集団にどの程度貢献できているかで幸福度は変わると薄々気づいているがやっと実家でもそれがわかって、東京に戻るのがちょっと早い気がした。


来週から次の稽古が始まる。帰省中に読もうと思った台本のサブテキストのリア王はまだ半分しか進んでない。
では続きを読みまーす。

行ったぜ!ジブリの大博覧会

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ただいま兵庫県立美術館で開催中の『ジブリの大博覧会』展に行ってきた。
先日高畑勲監督がこの世を去り、長編制作を諦めたのか諦めきれないのか駄々っ子な宮崎監督は相変わらず。実はジブリで一番活きがいいのは鈴木敏夫プロデューサーなんじゃないかなと思う展覧会だった。
今までジブリ関連だと岡山シティミュージアムであった山本二三展(ジブリの美術を長年務めた山本二三さんの原画展)とか江戸東京たてもの園であった『ジブリの建造物展』(千と千尋の油屋やトトロのメイとサツキの家のジオラマなどの展示)、江戸東京博物館であった『想い出のマーニー展』(種田陽平氏の美術の再現のやつとか)などにいったことがある。三鷹の森にはまだいったことがない。チケットが買いにくいからだ。
やはりジブリの名を冠すると並ばずにはおれないのが性なのか、そのように日本テレビに調教されたからなのか、宮崎駿高畑勲を国民作家にせしめたのはやはり鈴木敏夫という博徒の手腕なのかなーと思った。ジブリという職人集団において渉外や広告戦略に長けた鈴木Pは本当になくてはならない存在だと思う。
押井守富野由悠季がオタクの信仰対象になり得たのとは対照的に、高畑勲宮崎駿という人間的にも思想的にも作風的にもかなりクセが強い人物を国民の大半が愛してやまないおじいちゃんにしたのは日本テレビの、と言うか徳間書店のパワーなのだろうか。僕はここに広告というものの凄みを感じずにはいられない。
深く広く潜って掘り進めるのが好きな生き物を昼日中の日の下に引っ張り出してなおその生き物を生かさず殺さず、たくさん銭を集めて儲けられるというのはそれだけで偉大な才覚である。スタジオという器が才能の受け皿としてちゃんと機能したからなのかなーと不思議に思う。
展覧会の中には鈴木敏夫の仕事机が再現されたブースもあり、大きな机と本棚が欲しくなった。
ポスター製作にまつわるメイキングがたくさん展示されていて鈴木Pと糸井重里人間性が現れまくった手書きのFAXや手紙の展示は色んな意味で胸が躍った。糸井さん、字が永遠の少年。

映画というのは虚業中の虚業、現実にはないものをあるが如く創り出し、人々を熱狂させる運命を背負っている。
そこにあって企画立案、スタッフ招集、制作進行、宣伝のすべてにコミットする鈴木Pは宮崎駿高畑勲に勝るとも劣らなぬ変わり者だと思う。ぼくは角川春樹が好きなのだけど、あの人とは別種の山師感、洗練された詐欺師の風情を感じる。
ジブリの大博覧会と銘打つだけあって、先述のポスターメイキングだけでなく、非売品のポスター、バナー、グッズ、社員たちのスチール、社員旅行のしおり、ナウシカやトトロの企画書まであって、とても満足した展覧会だった。
ネコバスにも乗れたが混んでたのでやめた。
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かわりに『天空の城ラピュタ』冒頭に出てくる天空都市の民が作った空飛ぶ船のジオラマが光ったり動いたりめちゃくちゃ凄くて度肝を抜かれた。マンマユート団のタイガーモスの模型とかもあり、楽しかった。

とにかくジブリはすごい。その凄さは不可逆な時間の中で過日の栄光と見なされる類のものなのかもしれない。元々高畑・宮崎両氏の監督作を作るスタジオなわけで、その役目は終えたのかもしれない。
新作を作るよりも知的財産の管理に重きを置かれるようになるのかもしれない。
そんなことを考えたりした。

そしてまた、猿まわしの猿と猿回しはどちらが主体なのだろうかとも思った。
猿をなしに猿まわしはできないが、猿だけでも芸はできない。
猿を回すやつが偉いのか、回ってやる猿が偉いのか。
自分は果たして自らを回し、回ることが出来るのだろうかと、また詮無いことを考えたりもする。
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SNS展にいきました。

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SNS展にいきました。二日も続けていきました(一人で行ったあと後輩に勧めたら乗ってきたのでついてった)。
3331アーツ千代田というなんて発音するのかわからない、おしゃれなギャラリーです。廃校になった中学校の校舎を使っているので素敵な建物でした。

お目当ては燃え殻さんの展示。
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ブラウン管によく分かんないけどかわいいモデルさんが映されてて、燃え殻さんの過去のツイートが叙情的に読まれるわけです。東京の町並み、渋谷とか下北沢とか僕もこの3年でいくようになった見覚えある場所で撮影されたようです。
『僕たちはみんな大人になれなかった』の実写版というか、ナイーブさがうまく映像と音に同期しててエモかったです。父の友人から譲ってもらったフィルムカメラNATURAclassicaのおかげでエモい。
えもいわれぬ感情。

他にも最果タヒさんの展示も好きでした。
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一言一言に孤独とそれにまつわる甘い感傷があり、文字が透明の板から透けてるあたりも妙にSNSの雑然とした感じがよく出てて好きです。

個人的にヒットだったのが能町みね子さんの有名人人気投票で、朝ドラとか大河に出ると途端にランクがあがるのが如実にわかる。星野源が無双の強さ。
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なんていうか、snsのおかげで可視化されたものは果たして見えない方が良かったのかどうなのか。
人々の自意識には基本コードがあり、それは孤独と言えるのかもしれないなと思った。
でも、自分がひとりではないことを確認せずにはおれないのは人の性で、それを冷笑したり黒歴史といえるほどぼくは楽しい人生を送ってきてないのである。
人生楽しそうな人がずっと怖い。
仲間とか地元とか親とか、そういった地縁血縁の中で育まれている愛というものがどうにも僕には心から理解できない。
最近やっと実家に帰省するのが楽しくはなってきた。それとても離れてみてやっと味わえる類の感想である。

SNSが可視化したのは、有名無名を問わず文章のセンスがない人は致命的にないという冷厳な事実でもある。
このように言葉に拘泥して生きている人間からすると140字の中でなにかを伝えるということに呻吟したりほくそ笑んだりすることのない人が恨めしくもあるが、決してそのようになりたいとは思えない。
僕のこの根暗は今までもこれからも大事にしていくべきものである。

時間は不可逆だから、SNSや電気通信のない生活など想像もつかないしこの便利さを享受しないでは生きていけない。
でもどこまでいっても人間は孤独なのだということがまたあからさまになったと思う。
だからなんだという話。
孤独なのは大前提であって、だからこそ人と関わろうとすべきだし、だからこそ安易に他者に甘えては身を滅ぼすと思った。

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LINEモバイルさんの提供で無地のトートバッグにスタンプを押した。
ヴィクトール・E・フランクルのこの言葉のように、世界を照らそうとするものはその身を焼かねばならないのだ。

五月の日差しは日に日に熱い。
体を大事にしましょう。

勝利の美酒にて腹を壊す

打ち上げのビールが旨かった。
とても染みた。
といってもグラス2杯であとはコーラばかり飲んでいた。
ホットウーロンも頼んだ。
唐揚げとか餃子をおいしく食べた。

去年の一本目の発表会の打ち上げもこの中華屋さんで、僕は出演させてもらえなかったのでただでさえ苦手なビールが輪をかけて苦かった。楽しく人と話すことも出来ず、盛り上がってる人を内心覚めた瞳で見るしかなく、その態度にすら煮えきらないフラストレーションを感じた。
一年経ってあんなにビールが美味しいと思えるとは不思議であるなあ。
もちろん出演したから、ってのもあるけど、それだけではない働きができたし何より自分が帰属している集団に貢献出来ているというのはどんな酒よりも旨いし、どんな薬より効く。

千穐楽から一日たって風邪をひいたのか喉が痛いし、洟も出る。
火事場の馬鹿力を出したつもりもないけれど、体にかかっていた負荷がふと緩んで体調がいつもの不良に戻ったのだろう。
来週にはプレ稽古が始まり、すぐにも次の発表会に向けての戦場が待ち受けている。
ワクワクしている気がする。
今度の演出もおっかない老大家なわけだけど、今回の発表会で怒鳴られる人に怯まないしたたかさが回復できたのでなんとか戦っていきたい。

それにしても天気がいい。
昨日『ランペイジ巨獣大乱闘』をみて映画館に日傘を忘れた。
それを取りに行くところから僕の休みが始まるのである。