テラノハ

言葉は涙だ。とベケットは言った。

ソナチネとか

連日雨です。台風が来るそうです。

アウトレイジ最終章』を見てTwitterみてたら『ソナチネ』に似てるという話を見かけたのでソナチネを見ました。
北野武映画はアウトレイジシリーズと座頭市とキッズリターンと監督ばんざいくらいしか見てなかったので今回は『その男、凶暴につき』と『ソナチネ』を借りました。

『その男』は北野武第1回監督作品。
刑事さんの話。若い頃の武は本当にイケメンとも違う男前とも違う、でも視線を惹き付ける魅力のある面構えをしており、凄いなと思います。背だって高くないし、目鼻立ちも涼しい訳じゃないのに妙に見入ってしまう。
ほんで『ソナチネ』はヤクザが沖縄にいくお話。
言われてみれば『アウトレイジ最終章』に似てるというのもわかる。海辺で舎弟と遊んでる、組同士の諍いが段々ややこしくなるなど。
でも一人の監督が作る映画なんだから基本的に似るのは当たり前な気もします。
『最終章』はアウトレイジにしては大人しいところあったけど、作品の空気としては相応しかったと思うし。

そう『ソナチネ』がとても美しかったという話がしたかったんだ。
撮影柳島克己、音楽久石譲という北野映画っぽいスタッフになっているので冒頭いきなり流れるメインテーマがものすごく久石譲。軽めの音が反復されていくやつ。ちょっと音楽が饒舌すぎるのでは?というくらい久石譲が香る。『アウトレイジ』とかの鈴木慶一はあんまりでしゃばらないけどノイズっぽくて画調にはあってる。
ソナチネ』はどこか夢っぽいというか浮遊感、非現実感があってそれはヤクザが沖縄に抗争の助っ人にいったのにすることなくて砂浜で遊んでるからかもしれない。寺島進勝村政信が拳銃使ってキャッキャいったり、兄貴分の大杉漣も混じったり。特に夜、ロケット花火を打ち合うシーンは青い画面に白い煙がたなびいて、花火がプシューパチーと輝いて、武が拳銃をパンパン撃ってとはしゃいでる感じがよく出てて好きだった。いい映画は風の表現がうまいと常々思うが、このシーンはまさにそうだなと思った。
沖縄だし自然は色鮮やか、舎弟たちも柄シャツを来てるのに武だけがずっと白いシャツなのが幽霊みたいだった。永遠に遊んでいたいのに鳴ってしまう5時の鐘というか、二学期の始業式というか。そういう感傷を誘う映画だった。
町山さんがいってたから意識してみたらやっぱりどこか破滅願望のある人というか消滅願望がすごいなと思う。それが凄くさびしくもあり凄みもある。テレビという賑やかな世界にいるのにずっと空虚なものを抱えてるんだろうかなどと思った。
一番よかったのは『ソナチネ』も90分ちょい『その男、』も『最終章』も100分ちょいしかないということに気づいたことである。
元が芸人だから撮影も1回勝負という話もきいたことあるが、瞬発力があるからダラダラ続けないというのがとても凄い。自分で脚本、編集、監督するとなると自分語りを3回やるみたいになってあれも言いたい、これも言いたいになりそうなのに『その男』も『ソナチネ』もあんまり喋らないのが凄い。『アウトレイジ』は逆で喋るだけ喋っても面白いから凄い。
『キッズリターン』は3月に見たからってのもあるけど妙に春の終わりの空気があって『ソナチネ』は夏の終わりって感じ。
まぁなんというか北野武恐るべしと改めて思いました。

あと最近『地獄のバスターズ』と『特攻大作戦』という戦争映画を見たんですけどどっちも面白かった。タランティーノの『イングロリアス・バスターズ』が元々好きなんだけどその元ネタになった映画です。
『地獄の』は刑務所送りになる途中の軍人たちがひょんなことからナチスを潰す作戦をすることになって〜みたいな。大筋だけはイングロリアス・バスターズに似てるけど中身はぜんぜん違った。あと吹替が玄田哲章大塚芳忠大塚明夫だったのも嬉しかった。
特攻大作戦』は死刑囚12人を特赦と引換に特殊作戦に従事させる話で、ほぼROOKIESです。担任の先生と荒くれ者の不良共との青春スポ根。リクルート&トレーニング&バトルという『七人の侍』と同じ仕組みなので面白くない訳が無いんだけどとても面白い。『13人の刺客』の方が近いかもしれんけど。
偉いのは過去パートがないことで、悲しい過去とか描かずに現在の時間の中でキャラを描いてること。『スーサイド・スクワッド』、お前に言ってるんだぞ。

あと全然話変わるんですけど
僕が出られなかった舞台の写真がとてもみんなかっこいいです。
文学座附属演劇研究所ブログ更新。「2017年度研修科発表会『ペンテコスト』舞台写真」
https://ameblo.jp/bungakuzakenkyujyo/entry-12321436489.html

みんなも『ソナチネ』を見て夏の終わりを味わいましょう。台風に気をつけてください。

2017-10-11のアウトレイジ

アウトレイジ最終章を見ようと思って家を出た。

でも図書館によって群像を読んでいたら時間がギリギリになり、会員証の更新で手持ちのお金が足りなくなって結局間に合わなかった。

アウトレイジが嫌いだという男子に僕はまだあったことがない。
怒鳴られるのも怒鳴るのも嫌いな僕でさえ好きなのだ。
男子はみんな大声で怒鳴りたい欲望を抱えているのかもしれない。
主語がでかすぎてアウトレイジが好きな女子のことを忘れている。
北野武ビートたけし成分がよく染みてる会話のテンポや間が大事なのだろう。
西田敏行とか塩見三省とか温和なパブリックイメージを反転させる熱演は面白すぎて凄かった。
でも僕は映画館の券売機の前でもうアウトレイジ最終章を今日は見られないことに焦り、その焦りを誰にも悟られまいと本屋まで歩いた。

今日は昨日の焼き芋の残りしか口にしていない。
あんなに好きだった焼き芋はもうしっとりとかねっとりといったテクスチャを伴うなにかにしか感じられず、甘みや旨みを味わうでもなく皮を剥いて漫然と口に運んでいる。焼いただけで商品になる野菜、さつまいもだけじゃない?すごくない?とか無邪気に思えていた頃が懐かしい。
昨日は母の作ってくれたものを何も食べなかった。おかゆもポテトスープも。
最近は食事ではなくて食品しか食べられない。焼き芋、おかゆ、ベビースターラーメン。それも刺激の入力のようにしか思えなくて栄養とか滋養とか養生からは遠い。
ここ1週間くらい舞台の方のTwitterを見ないで過ごしていたが、なにを思ったか覗いてしまい、終演しました、ありがとうございました、という無害の文字列を目にする度どこかがぐゅーとねじれる感覚になる。

アウトレイジ最終章を見ようと思って家を出た。
目の前のアウトレイジな状況から目をそらすように。

本屋でこだまさんの連載の載ってるQUICKJapan読もうと思ったけど立ってるのもフラフラするのでミスドに入り、ドーナツを食べる。美味しいというより糖分の摂取という感じ。ご一緒にいかがですかと言われてうっかりセットにした汁そばをすする。のち上がってくる胃酸。ストレスで食べ始め、食べたことがストレスになるという悪循環。
同期のA子さんからやさしいLINEが来る。今朝は染ちゃんからもLINEがあった。人の優しさをありがたくもらう。まだ思い出になりたくはない。卒公に向けて始動している。僕はまだ動けないまま。

アウトレイジ最終章を見ようと思って家を出た。
今日はダメだったけど、明日また見に行こうかな。

こだまさんの『夫のちんぽが入らない』を読んで

僕が小学校4年の時に、学級崩壊があった。
わりと記憶に蓋をしてしまっているので普段はまったく思い出さないが、この本を読んでふと蓋が開いた。
きっかけはなんだったのかまでは明確に覚えがない。
たしか4年の最初の担任がだいぶ高齢の女性で、親の介護のために一学期の早い段階で離任することになった。今思えばなぜそんなタイミングでと言えるがその先生にだって事情があったのだろう。
僕たちのクラスが荒れ始めるのは新しい担任のO下先生が来てからだった。彼女は27歳で緩いパーマの髪が肩まで伸びており、いつもニューバランスの靴を履いていたのを覚えている。眼鏡をかけていたせいもあるが、どこか優しげだけど頼りない人だった。
担任が変わったことへの言い知れぬ不安感や大人への不信感があったのかクラスのガキ大将を中心に落ち着きがなくなり、授業が成り立たなくなった。ある時は数人が給食を配膳するキャスター付きの机に乗って廊下を走り回ったこともある。
この頃、親に「もう学校行きたくない」と泣きながら訴えていたとだいぶあとになって聞かされたがその記憶は全然ない。居心地が悪かったことと体育の時間にそのガキ大将に赤白帽を捕まれてゴムが首にくい込み、泣いたことは覚えている。そのあとそいつの靴にどんぐりを4個入れたら帰りの会で「誰だか知らないがやめてほしい」と言われた。
傍観者ぶっているけど僕もO下先生に悪口を吐いたことを白状しておかなくてはいけない。
算数のテスト中、クラスの連中が口々に先生の悪口を言い始めた。静かにしなくちゃいけないテスト中、不意に切られたおしゃべりの口火に僕も乗っかっていた。
「4年1組、最低先生~!」
どっと教室が湧く。当時流行っていたファンタのテレビCMをもじったもので、今にして思うとなにも面白くないが、その時はなにか面白いことをいってクラスのみんなが笑うのがたまらなくて、つい言ってしまった。
先生はツカツカと僕のところにやってきてときかけの答案用紙(小学校のテストは業者製のカラーのツルツルのやつだ)を「もう解かなくてもいい」といって取って教卓へと帰っていった。

ここに来て気の小さいぼくは事の重大さに気づくが、時既に遅く、バツが悪いまま時間を潰した。
そのあとあのテストが何点だったかは覚えていない。僕以外にも騒いでたはずなのに僕のだけ取り上げられたのは都合がよかったからだろうか。

O下先生は二学期の途中で学校に来なくなった。
次はS屋先生という眼鏡で若いけど気の強い女の先生が来た。

O下先生の話をしようと思ったらだいぶ長くなってしまった。
『夫のちんぽが入らない』のこだまさんも学級崩壊から退職するシーンがある。
これを今日読むまでO下先生がどんな思いで働いていたかに思いを馳せたことはなかった。いつも「担任が変わって学級崩壊して、新しい担任とも上手くやれなかった」自分たちの側からしかこのことを考えたことは無かったけど、今になってやっと先生のことに考えが至る。このことによって先生の人生はいまさら微塵も変わらないし、僕たちのやったことが許される訳でもない。
僕たちのやったこと、というのもすごく自分勝手というか心がけさえちゃんとしていれば未然に防げたみたいに聞こえるのでただしい表現ではないと思う。そういう独りよがりな思い上がりは万事上手くいかない。

段々言いたいことがぼやけてきた。O下先生あの時はすいませんでした。先生にもちゃんと人生があるただの人間だとやっとわかりました。

大学を卒業して友達が教員になっていくのを横目に見ていると、今まで僕と関わっていたどの先生にも人生があり、突然僕の前に教員という肩書きでポンと出現したキャラクターではないのだなということを今更ながら実感する。それは絶対者もただの人間だなーという諦念でもあれば、教員という職を選べることへの畏怖でもある。


『夫のちんぽが入らない』の感想を言いたくて書き始めたんだった。
僕は『人間失格』を読んで自分だと思った中学生だったし、『山月記』や『舞姫』を読んで自分だと思った高校生だった人間である。
共感や投影は読書における感動の大きな要素だけど、その時に想起したり入れ込んでいるのは登場人物のラベルやシチュエーションではなくて、彼や彼女の抱える痛みや苦しみ諸々の情緒である。
こだまさんは女性で、北国の田舎に生まれて、彼氏が出来て、その彼のちんぽが入らなかった人だ。
僕と共通のラベルやシチュエーションはどこにもないけど、この本を読むとああ、ここにも僕がいたのかとページをめくることになる。
それは誰もが「入らない」なにかを抱えて生きているという普遍化されたものへの共感なのかもしれない。そう言い切るのは簡単で、恥や苦しみや痛みをそのまま塗りたくった彼女の痛切さには及ぶべくもないのにわかると言い切ってしまえるくらいのしあわせが僕にはあるという傲慢かもしれない。

こだまさんの人生は面白いと言えないけど、この本は悲しいくらいに面白い。面白いにもいろいろあるけど、暗くて冷たくて寂しい水に投げ込まれた人が、ぶくぶくと沈んだかと思ったら水底を蹴って水面にどうにか上がって息をしたのを見るような気分になる。
どうしてそんなところに投げ込まれたの、どうして泳ごうとしないの、どうして岸にあがってこないの。どうしては沢山浮かぶけどその問いには意味がない。
どれだけ苦しく悲しい物語でも観測可能な時点で救われる。ああ、よかった、今こうしてこの話を聞かせてくれてよかった。ここまで生きることをやめてくれないでよかった。と救われる。暖かい毛布の中で生きている人も川辺で生きている人も木の上で生きている人もいる。境遇は違ってもその人にしか知覚できない物語があり、それはどれも等価に尊いと信じている。いつかあなたの物語もそっと教えてほしい。本にしてくれてもいいし、飲み屋で笑いながら喋ってくれてもいい。だからどうかそれまで物語を終わらせないでほしい。


ここ最近はご存じの通り塞いでいるので、ふと深夜によく分からない文を連ねてしまう。

全部忘れてください。
『夫のちんぽが入らない』はとても面白い、読む価値のある本です。それだけ覚えて帰ってください。

2017-10-09の生存+おもしろい読み物の紹介

今日は晴れ。
ここんとこ妙にあたたかくなり、ふいに優しい感じがする。いま横になったら窓から月が見える。
この前の十五夜は見向きもしなかったけど。冴えた空気に白い月はいい。気分は平安貴族。

やや暑いから窓を開けていると、虫の声がする。
今日散歩したら散ったと思った金木犀が咲いていて、秋はまだ死んでいないことがわかる。

ここ最近はブログを書くモチベがないのでほったらかしておりましたが、いつもよりアクセス数があって笑いました。
手汗足汗がひどくて空が白むまで寝られず、食欲もなく、食べてみたらせり上がってきたり吐いたり下したり、散歩にも行けず、風呂にも入れずという感じだったのでいちいちブログでその反復を記すのが嫌でした。
今まとめて書いてるけどそれが改善したわけではないです。

ここ最近眠れないからTwitterをウロウロしてたら面白い読み物を見つけたのでそれを教えたくてブログを書きました。

まず一つ目は鈴木以外数人さん。
(@suzukiigai)
https://twitter.com/suzukiigai?s=09

子育てアカってかんじなのだけど、日々の観察の視点がほどよく離れてて好き。二人の娘さんのことを目に入れたって痛くない感じはあるけどノロケすぎないのが好きです。なにより娘さんの広島弁が素敵。ぼくは広島弁に弱いってだけかもしれんけど。
他にも闇おむつ先生の書く土佐弁も好きなので方言萌えなのだろうか。闇おむつ先生の面白さは自分でTwitter検索してください。

続いて二つ目はこだまさん。
(@eshi_ko)
https://twitter.com/eshi_ko?s=09
『夫のちんぽが入らない』という小説が今年の一月に出て、松尾スズキさんがよくツイートしてたので名前だけは知っていました。本はさっき買いに行ったけど近所の本屋になかったので明日別のとこで買って読みます。
今日読んだのはこだまさんのツイートとかブログで、これがいちいちツボでした。悲しいことを知ってる人ほど優しい文章を書くと思っているので、まさにそんな感じ。早く読みたい。

で最後三つ目は小林エリコさんという人の

生活保護を受けている精神障害者が働くまで(仮)加筆版 | 小林エリコ | note / https://note.mu/sbsnbun/n/n5a4f3bf1f7f6?magazine_key=m4bd73cf83898

これはnoteで2まで読めますが、12/7に『この地獄を生きるのだ』というタイトルで出版されるそうです。
2まででも半端なくしんどいのでこの人はマジモンだなーと少し引きました。でもここ最近読んだ中で一番肯定されたというか、こういう生き方をした人でも生きていけるんだーという謎の安心感があります。世界は広い。友達の中にもオーバードーズしてたり親との関係で悩んでる子がいて、何もできないけど生きててほしいなと思ったことがありますが、その時に似た気持ちになりました。12月の発売が楽しみです。

とりあえず面白いものを見つけたら教えたくなったので教えました。よければ読んでみてください。

2017-10-04の月はみえますか

今日は曇り。風が強い。

昨日は夢で高校生に戻っていて、紙の出席簿を見ていた。たいてい出席していたら〇、欠席なら/って感じだったのだが、僕のマスには小さくクズと書いてあり、なんで???と思い辛かった。

昨日は全体を通して調子が悪かった。
ごはんもあんまり食べてないし、食べても戻ったし。
のわりにイライラしてしまってラーメンが食べたくなったりした。食べなかったけど。
夜ごはんをよく噛まずに食べたら散歩中にお腹が痛くなって帰った。
なんというかやるせない。イライラしてもしょうがないけど、イライラしてしまう時は選べない。手と足の裏に汗が滲んでその度ハンカチを掴んでぬぐうけど、無尽蔵に湧いてくる。『アナと雪の女王』を見た時にエルサがものに触るのを躊躇うのを見てシンパシーを覚えたけど、今年もまたそれである。
結局朝まで寝付けなくてYouTubeでペンタトニックスのボヘミアンラプソディーに感動したりした。
空が白んで、母が散歩に出てからマスカットを2粒こっそりシャクシャクと食べて気がついたら寝ていた。

起きたら3時で母に心配される。というか昼夜逆転を心配されて起こされた。
今日も冴えない1日だった。おかゆもそんなに食べたくなかった。
散歩に出てみたら風がきつくて昨日よりもグッと寒かった。
もう金木犀の匂いもしないし、着々と秋が冬に変身していく。耳をすましても虫の声が聞こえない。窓の外は宇宙のように静かで暗い。
夜ごはんは食べすぎないように気をつけながらダラダラ食べた。
今日は十五夜らしいが、曇っているし多分月は見えんだろう。今はカーテンを開けてベランダでそれを確認するのもなんとなくいやである。

ふと大学の時は夜不安になってあてもなく散歩にいったなーと思い出す。あの頃は夏場で夜出ても過ごしやすかった。10月くらいから舞台に出ようかなという感じになって11月には稽古していたからあの時はタイミングが良かった気がする。
今回はもう体の調子が悪くなってひと月、母が来て半月経つ。
いついつまでになにかをしなきゃ、というのがすごく苦手になっている。
だけど日々は過ぎていくからもう明日には場当たりで明後日にはゲネらしい。
なにも手伝えなかった。休むのに精いっぱいだったけどそれもあまり上手くできてない。
当日は受付の手伝いを頼むかもと言われたけどどーなるだろうか。
しばらく髪を切りに行ってなくて今露骨にボサボサなのがなんとも嫌である。
切りに行けばいい話なんだけど、それすらも後回しにしてしまって最低限身綺麗にするのも出来てない。

胃炎もあったけど気持ちの方がだいぶ弱っている。
体が鍋だとしたら心はお湯で、ちゃんと沸かしたいなら火にかけ続けた方がいい。
今回は鍋自体にヒビが入って火から外したが、お湯の方も冷めていくし、どこかから漏れていくのか嵩が減っている。
鍋にひびが入るのもお湯が冷めるのも初めてではないけど、どうやって治すのかがわからない。

今日いつもよりやたらポエミーなのは久々にハチミツとクローバーを読み直したせいである。何度読み直してもその度違う感慨を抱くが、今回はなんというか優しいマンガだなあと思った。真山になりたい時期や山田さんが好きな時期があったが、今回ははぐちゃんの不器用さがいとおしかった。
気がつくともう10巻の竹本くんと同い年になってしまっている。大学ってどんなとこなのだろうと思いを馳せていたものとはだいぶ違ったけどまぁそれもよかろう。

外は寒くなっても14年使っている毛布は柔らかくてそれだけが喜びだったりする。
この毛布から出なくちゃいけないとして、それはいつだろう。考えるのが怖くて今日の分を終える。

ドリームa.k.a.Hidden figuresをみてあれこれ

今日は曇りのち雨。
秋は雨が降る度に1度下がり冬に変身していくらしい。

いまふと思ったけどひきこもりって文字ヅラも音もめちゃくちゃ弱そう。アレキサンダー大王みたいな強さが微塵もない。悲喜こもごもにやや似ているせいだろうか。

今日はドリームを見に行った。邦題騒動でTwitterが賑やかだったけどもう公開とは早いものである。
おかげで『遠い空の向こうに』という名作も見られたし、ライトスタッフを見ておこうという気になったのであの騒動には感謝している。ただし、邦題はドリームってダサいなと思った。私たちのアポロ計画もあってもなくても別に、みたいな。ドリームという単語はそんなに意味が無いと常々思っていて、日々の生活や行動の様態を指す言葉なのでは?と感じる。夢に向かってみたいなキラキラした感じがなくて、どちらかというとしたたかにひたむきにやっていく映画でとてもよかった。

黒人で女性で1950年代で、となると差別がすごそうである。しかもNASAという白人男性の根城。
『ムーンライト』とかも黒人で同性愛という辛さがあったが、そういうカテゴリーに当てはめて勝手に同情するのもすごく失礼だなと思うが、ついつい自分もそういう属性で見ているなと気づく。
何にせよこれは実話を元にしていてなおかつハッピーエンドなのである。作る価値があるお話だと思った。
差別の描写で上手いなと思ったのは誰も主人公たちに対して暴言を吐いたり暴力を奮ったりしないところだった。もちろん黒人差別反対のバスを襲うニュースとかは映るけど。だれも自分が差別してるつもりはない。それはキャサリンが配属された部署でも、ドロシーに対するミッチェルさんでも、メアリーがエンジニアへの応募を妨害される時でもそうだった。
今までそういうことはなかったから、前例がないから、決まりで出来ないことになってるから。自分はあなたのことを嫌いだからこうしている訳では無いというのが知らず知らず差別している側の免罪符のようにちゃんと見えた。だから差別されてる側がデモとかしようものなら傍目には粗暴に映るし、厄介に見える。大声の少数と静かな多数だと普通は声の大きい方が勝ちそうなのに、あの無言の圧力は見ていて辛いものがある。
映画の話なのに自分の価値観を話すダシにしがちなのは大人も子供もやりがち。でもまぁ考えたりしたので書いておく。

ネタバレになるけど
コーヒーメーカーから自分のマグカップにコーヒーを注ぐと周囲の男性が白い目で見てきて、次からは小さなケトルに非白人専用と書かれて置かれてあった。それを用意した人は悪気があってそうしたのかもしれないし、同じだったら気にするかなと思って用意したのかもしれない。他にも非白人用トイレとかあるから、みたいな。差別じゃなくて区別だよ、みたいな。風邪の人は隔離しましょうねみたいな空気があるが、別に肌の色はペンキでつけてるわけじゃないので擦ったりして移ったりはしない。飲むコーヒーの色も同じだし、出す小便の色も同じだろう。
劇中何度もキャサリンが非白人専用トイレに向かって漏れそうになりながら走るシーンがあるのが辛い。ストレスがあってコーヒーも飲んでたらそりゃトイレにも行きたくなるわな。そのことをボスからどこに行ってんの?って咎められたらそりゃわかってほしくて大声も出しますよ。
ワンダーウーマン』の公開の時に乃木坂がコメントで
「女性が見ても凄く楽しめるし男性から観ても、強い女性ってやっぱりちょっと嫌味がある感じに見えるのかなと最初思ったんですけど、ワンダーウーマンは全然そんな事なく男性の方もすんなり観れると思うので老若男女問わず色んな方に観て頂きたいなと思います」
みたいなコメントをしてやや燃えていたが、日本だとどうもかわいい女の子とかモテとかが重宝がられるなーと思い出した。モテって言葉を女の子が言わなくてもいい世界がくれば、みたいなことを水原希子が言っててかっこよかったが、それと同種のことをまた考える映画でもあった(この場合のかわいい、は相手のゴキゲンを自分から取るという程度の意味。見た目は関係ない)。
この映画は徹頭徹尾女らしさで勝負しなくて能力で戦おうという気合がよかった。上手いこと取り入ったり、色じかけしてみたりみたいな女の武器と呼ばれるものではなくて、持って生まれた肌の色や性別でされた差別を後天的な努力によって覆していくのが小気味よかった(差別に負けないタフネスと能力があるから素晴らしい/ないからだめと言いたい訳ではありません。キャサリンたちの生きざまがよかったという話)。
劇中何度も黒人(ニグロ)なのに、女なのに、と言われるけど彼女達はそういった呪いを内面化して縮こまらないのがとてもとても美しいと思う。アメリカと日本じゃ環境も違うけど、その姿を勇気があるというのもおこがましいというか当然のことのようにやってのける胆力がね、好きなんすよ。

なんか難しいことを言おうとしてしまっているが、よい映画なのです。特にケヴィン・コスナーのかっこいいボス感がたまらない。池井戸潤原作のドラマに出てきそうというか、城山三郎の男男した昭和感と言いましょうか。国家の威信をかけたプロジェクトの本部長ってこうあってほしい、みたいな人でした。この人だって差別してないわけではないと思うけど、聞く耳のある人だったのはすごいなーと思った。それは別に義憤にかられてとか同情してとかではなくて、この人がおかしいと思ったからそのように劇中で行動したんだなーというのも映画から伝わる。見て見ぬふりをしてた訳では無いけどこの人が救世主のようになにもかも解決してくれる訳じゃなくてキャサリンが努力したらその努力には答えてくれるというのがね、出来レースみたいに見えなくてよかったです。あとポールさんとミッチェルさんていう2人がいわゆる差別してくる人の象徴のように描かれるけど、その人たちだってそうしようと思って生きてきたわけではなくてそうしてしまった訳だから後々気づいて態度を変えるというのが実話ものならではだなと思います。左遷されたり死んだりみたいな胸のすく物語ではなくて、これが実話を元にしているというのがよく分かる。
実話もの映画ってよく作られるけど、それってなんなん?アメリカSUGEEEってオナニーしたいんかなと思ったこともありますが、今作に関しては生のままじゃ食べられない栄養素を調理して食べやすくした映画だなと思います。実際、差別されてもめげなかった人がいるという事実は存在はしても人々の知るところとなるのは希です。現にこれ見るまで知らんかったし。でも映画という形を取れば海を越えて僕が見ることが出来て、考えてふむふむとなれる。そこが映画というか、物語というか、エンターテインメントのいいところだと思いますね。
あとやっぱり音楽がいい。ファレル・ウィリアムズが担当してるだけあってファンキーでゴキゲンなナンバーが絶妙のタイミング、こちらがよっしゃ!とかいてまえ!と思うタイミングでなるので体にいい。ミュージカル映画かよみたいなね。
あとマーキュリー計画なのでマーキュリーセブンという男たちが出てくるんですが、中でもジョン・グレンという男の男前度が半端ないので是非見てほしい。見た目もそうだけど一々言うことがにくいね~となる。その辺はライトスタッフという長い映画でも見れます。
あと『ムーンライト』に続いてマハーシャラ・アリ先輩がかっこいいです。見た目は國本鍾建さんに似てる強面やけど、その分いい人なのが際立つ。今、ラブロマンスとかええて~と常々思う僕ですが(『関ヶ原』、お前だよ)、今作の絶妙なラブロマンス具合にはびっくりしました。幸せになろうなって思った。邪魔にも添え物にもなってなくて、ちゃんとキャサリンという人の生きざまとして描かれていてよさ~。どんな人にだって幸せになる自由はあって、それはNASAの重要な職に就く人であっても、3児の母であっても、夫と死に別れててもそうなんやな~というのがね、ロマンチックですわ。

そんなこんなで長々とネタバレもかましつつ書きました。
是非見て感想を語らうなどしていきましょう。
読んでくれてありがとー。

2017-10-01の天一たべたいけど

今日は晴れとか曇りとか。

昨日は映画のタイトル(創作可)というルールのしりとりをした。意外と映画のタイトルがぱっと出てこなくて悔しい。創作可というので母はテキトーな単語で繋いでくるが、そこで物言いをつけてもしょうがないのでほっておく。
しかしここにきてしりとりがリラックス効果をもたらして眠くなるのではなく、スマホを見ずに目を閉じることが出来るって方が重要なんではないかと思った。母がすぐ寝てしまってスマホをつつきたくなったが、もったいない気がして目をつぶり続けた。

なんか高校に行く夢を見た気がする。わりと楽しかった。
母は先日から僕の本棚で見つけた3月のライオンをコツコツと読んでいる。
オタクの本棚はオタクの成分表示であり、まんまと好きな作品を手にとってくれてありがとうと思う。
最新刊を買う前に僕も懐かしくなって読みふけった。高校を卒業できたのは担任のM光先生と同じクラスのあきちゃんと3月のライオンのおかげだと思っている。
3月のライオンが僕の心にそっと根を下ろし芽を出して、勇気らしきものを育んでくれた気がする。
人間失格を読めば、あんな大富豪の息子でも男前でもないのに投影するし、山月記を読めば意趣卓越で格調高雅な詩など作れもしないのに李徴の懊悩を理解した気になっていた。同じように桐山零という少年の苦味が分かったような気になりながら涙をこらえてページをめくった。
物語は電気水道ガスとか経済みたいに生活を支えてくれたりしない。だけどそういうものに救われ憧れた人生にぼくは感謝しているし、なんらかの恩が返せないものかなとよく思う。それは物語を作る片棒を担ぐことになるのか、自分で生み出すのかはまだよくわからないけど。

今日から10月。今年はあと3ヶ月。今年度もあと半分。
めっきり涼しいが、ここから更に寒くなるかと思うとオフトンとの蜜月をもっと大事にしたいと思う。
あと1週間で本番。きっとあのままやってたらどこかで折れてたと思うと、それはそれで怖くもある。
今日買った3月のライオンの13巻であかりおねいちゃんが休むのをためらうシーンがあり、そのメンタリティも休んでいいんだという言葉も心に留めようと思った。

今日はもう母が眠ってしまった。
しりとりなしで目をつぶっていられるだろうか。
お腹がゴロゴロいっている。
そろそろ髪を切りに行きたい。