テラノハ

言葉は涙だ。とベケットは言った。

『全員死刑』からの『実録・不良映画術』にぶっ殺われて

「ぶっ殺う!!!」
「わりぃっけ」

静岡の方言らしい。ぶっ殺うはぶっさらうと読み、ぶ、にアクセントが来る。意味としてはころすとかばらすとかけすというところか。
わりぃっけはわるいね、くらいの意味合いで『全員死刑』の劇中よく出てくる。

全員死刑』という映画を見てから『実録・不良映画術』という本を読み、小林勇貴監督にとても興味が出てしまった。
全員死刑』は実際にあった事件を元にした映画なので一応実録路線ではあるものの、エンターテインメントな味付けが凄いので楽しいことしか起こらない。人を殺すというシーンの説得力は妙に手堅いというか、もちろん殺してみたことはないのでそれらしいというのも変な話だけど、いちいち怖くて面白くてギャグなので笑ってしまう。
間宮祥太朗の面魂と毎熊克哉の小物感が見事だった。清水葉月ちゃんの生活感から立ち上がるエロさとか護あさなさんの弩級おっぱいとかもよかった。
あんまり他の人が褒めなさそうなところを書くと最初の犠牲者吉田ショウジ役の藤原季節さんが好きだった。この人を意識したのは『美しい星』の中でチャラい大学のミスコン実行委員がウザかったからである。長髪をくくって大学生役の橋本愛にしつこく絡むのが心底ウザい。その後DVDでみた『何者』では烏丸ギンジの劇団でなんかエモいこと言う役者の役でこれまたしゃらくさくてムカついたので完全に顔と名前を覚えた。
今回の『全員死刑』では金貸しの一家次男で、Youtuberといういけ好かない役どころがぴったりだった。髪の毛をやや結んでるのが洒落臭い。ビニールプールにカレールーを張ったデラックスカレープールなるものに入る様を動画に収めようとしているところに間宮祥太朗演じるタカノリがやってきてタオルで首を絞める。観ている側のイライラが解消されるのでとてもいい映画だなと思った。

全員死刑』が好きだなと思った瞬間はなんの前触れもなくタカノリくんの友達のドロちゃんが小人症の役者さんだったことで、これを見た瞬間にホドロフスキーの映画を思い出して最高じゃんと思った。
世の中にはそういう病気の人はいるのに、いないものとして映画を作る人は沢山いて、だけどホドロフスキーはそういう洒落臭いことをせずにたくさんそういう人が出てくるので好きだった。小林勇貴監督がどういう意図で出したのかは分かんないけど、ドロちゃんが棒を振り回してタカノリくんの後を着いてくるのを見た瞬間にいい映画だなと思った。
あとで調べたところ中村祐太郎という映画監督だった。
全員死刑』は面白い映画だけど『狂い咲きサンダーロード』とか『マッドマックスFR』見た時みたいな熱狂にはならなかった。まぁ実話ベースだしそこと比べるのも変な話なんだけど、でも作り手の狂気がビンビン伝わってくるのは同じで見たあとに「ぶっ殺う」「わりぃっけ」と口に出して遊んだ。『狂い咲き〜』見たあとは田んぼの真ん中で耕運機でも乗ってろよ百姓〜とか全員カタワにしろ!とか言いたくなったし、『MMFR』はもちろんV8しか言わない時期があった。

最近老成してきたのか偉そうなことをよく言ったり書いたりしてしまうのだけど、『全員死刑』を見て背中をバシッと叩かれたというか「これからも頑張ってほしい」みたいな洒落臭いことは死んでも言っちゃダメで、オレががんばるんだよ!オレがお前らぶっ殺うんだよ!という気持ちを今1度思い出した。なにしろ小林監督は27歳で僕より年上なので、なおのことオレもやらなくちゃという気分になる。
公開と同じタイミングで刊行された『実録・不良映画術』は小林監督の半自伝的映画製作の本で、読んでてめちゃくちゃ笑った。今年読んだ本で一番笑った。
不良になった弟のことを心配しながら不良と喧嘩してたりする地元時代も面白いが閉塞した田舎に嫌気がさしてる当たりは他人事とも思えず、気の合う友達と漫画読んだり映画見たりは素敵だなと思った。
東京に出てきて新文芸坐とか自分も同じようにいってる映画館にいったりと妙に共通点を見出してしまった。田舎から出てくる物語には妙に弱い。
ぼくは大学で映画研究部だったので映画を作るくだりで、マイクらしきものを作って役者たちをその気にさせたりする雰囲気作りに笑った。やりたいシーンやりたい展開をやる、というのが初期衝動に忠実で羨ましい。映研ではあったけどもっぱら役者に徹してたのと部長業に力を使い果たしたのでついぞ映画を撮ることはなく、大変そうだからとスルーしたのがもったいなかったなと今になって思う。社会人になっても映画撮ってる人はいるけど明らかにフットワークが違うし、惜しいことをしたなーと思った。
読み終えて一番に思ったことはおれも映画撮りてぇであったが、ヘタに知恵ばっかつけて頭でっかちになると出来ない理由ばかり探してしまうなーと情けない。
いつかいつかはいつまでもやらないからなーと思いつつ今は体調を戻そうと思う。

役者を続けてたら小林監督の作品にも出れるかもしれない。
もっぱら不良が出てくるのでぼくは狩られる側とか『全員死刑』の気弱なコンビニ店員とかになると思うけども。

2017-11-17のless than レゾンデートル

今日はいい天気だった。

一昨日から稽古が始まったので稽古場に出没するようになっている。
初日は起きられなくて着いたら稽古が終わる20分前でミーティングだけでた。
二日目は全体ミーティングに出て読み合わせを全部見た。座ってるだけでもヘトヘトだった。

今日は朝から決起会の準備で久々に9時半に起きた。寝たのは3時。
朝日が眩しかった。布団の中の重力は依然強かったが、「役に立ちたいんや」という内なる声に励まされて電車に乗った。
電車に乗ったら少しやる気が出てきてやっぱり外に出ることでかかるエンジンもあるなーと思った。
なんだかんだ30分遅れていったが、まだ作業は始まっておらず、ひとまず玉ねぎを剥いた。そのあと人参の皮、じゃがいもの皮を剥いた。カレーを作るのです。
今回の発表会に出ない女子2人と一緒にせっせと拵える。というかまぁぼくはほとんど見てるだけだったけど。
鶏の皮を一口サイズに切ったが、ニュルニュルして気持ち悪かった。人のために料理を作るのは楽しい。自分のためにはまず出来ない手間をかけられる。
40人分の調理は食材の量も使う鍋やボウルのサイズも規格外でこんなん料理ちゃう業務やん、と思った。
ごはん炊くのが難しくてカレー合わせで固めに炊きたかったのに柔らかくて悔しかった。アウトではないくらいの硬さ。つまりセーフだが、悔しいから意味無い。
朝11時から18時までカレーを作ったり、チーズフォンデュの具材を切ったり多少は力になれたのではないかと思う。やってもやっても何もしてない気がして歯痒かった。時折休憩の時に調理をのぞいて稽古してるメンバーがおいしそう〜と言うのが愉快だった。
カレーの味に3人とも自信がなくなりカレー粉を追加で買ったり中濃ソースを買い足しにいった。

18時ごろには何も食べてないせいで頭痛くなって横になっていた。雑魚い。
稽古が終わるとみんながおいしそーと言いながら用意してくれて頼もしかった。
もう僕はほとんど意志がなく、どうにかお茶をついで席に着いた。同期の女の子が一緒に座ろーといってくれる優しさが眩しかった。
乾杯が済むとみんながチーズフォンデュに大挙して押し寄せていて愉快だった。この献立を思いつくのはすごいなーと思った。まず動く元気がなかったのでとりあえず光景に目を細めていた。
せっかく作ったカレーも中々食べる気が起きず、よそうだけよそったが苦労に見合うほどの味がしなかった。最近味がわからないが輪をかけてよく分からなかった。たぶん美味しいのだと思う。大勢でごはん食べたら食欲なくても食べれるかなーとか思ったが、そんなに食べれなかった。ごはんとかカレーが余ると作りすぎたかーとかそっちばっかり気になって作る人の心境を知る。おいしいと言ってくれたらすべてが報われる訳では無いけどそれでも充足はある。
みんなはお酒を飲んでいるのでテンションについていけず、例によってそれを眺める幽霊になっていた。無愛想なのもどうかと思って面白いときは面白そうな顔ができたと思う。
もう一年経とうというのに結局ぼくはここの一員になれなかったのではないかという思いに苛まれてしまいとても苦しかった。 楽しくないわけではないし、楽しそうな人たちを見るのは楽しかったのに、それなのにどうしてこう満たされないのだろうと不思議だった。帰属する集団にどれだけ貢献できているかで幸福度は変わってくると思うが(迷惑をかけていると余計に)朝から準備をしたのに少しもそれを実感できなかった。
「役に立ったか?」と愚問を聞いたらきっと全員が役に立ったと答えてくれるだろうがそれとて慰みにならない。結局自分で自分を認めることができない限りはこの虚しさからは解放されはしないだろう。
そこまでわかっていながらなおどうしようもない。
体はどうにかここまで出張ってきて手伝いもできたが、世界を感受する方の器官がまだ病んでいるらしくいたたまれなくなって片付け前に会を辞した。
最後まで片付けるべきだとも思ったが、楽しそうな人を見続けるのが悲しくなってもういいやーとなってしまった。

帰りの電車で泣くのはひどくみじめで情けなかった。
誰かに無視されたわけでもないのに自分の居場所がなくなった気がした。誰にも話しかけられなかったわけでもないのに早く帰りたかった。
あと2ヶ月でどうにか許せたら嬉しい。報われなくてもいいから許せるようになりたい。

東京事変のタイムカプセルを聞いて音量をあげた。

胃腸たちの挽歌

なにか書きたくなるのはいつだって眠れないまま迎えた朝だったりする。

最近銭湯に行くのが楽しい。
ゆうてまだ2回しかいってないけど。
この前サウナに入る楽しみを知った。
子どもの頃は我慢大会程度にしか感じられなかった空間で、心地よさを知れるとは大人になってみるものである。
体をよく拭いて入るとじわじわ汗ばんできて顔の毛穴が開いていくのがわかる。
今回は体を洗ったあとお風呂で温もる前にサウナにいってみたのでより体の温もりがわかった。
サウナのサウナによる温もり。
5分くらいで出て汗を流す。適当に足湯する。
また体をよく拭いてサウナに入るとさっきよりも汗の出が早いし、さらさらしていて内心笑う。
栓というか腺が開いた感じ。

露天のお風呂に入って外気の冷たさとお湯のぬくさにサンドされてたら背中に柄のあるおじさんが入ってきて平静を装いながらびっくりする。
眼鏡がないのでよく見えないけど目を凝らすと目つきが悪くなるので出来ない。ガラがあることはわかったけど何が彫られてんのかはわかんなかった。
銭湯でそういうガラつきの個体に出会うことが初めてだったので地味に感動した。
ガラが入ってる人の思想信条による排斥感情は別にないけど、身体に疵をつけて色素を沈着させる人の体表面の細菌について昔聞いたことがあって衛生的にいいのだろうかという気持ちがあった。

あと人の裸ってあんまり美しくないなーと更衣室でメガネをしてるときに思う。
映画とかで出てくる裸体は男も女も均整がとれてて彫刻みたいだけどそこらのおっさんの裸なんて見れたもんではなく、翻って自分はどうなのかと鏡に目を向けると細いなーという気持ちになる。

サウナに入った日は疲れなのか夜のうちにすっと寝付けたのが個人的にはとても嬉しかった。
近いうちにまた行きたい。


最近ごはんをあまり食べられないから元気じゃない、というのがデフォルトなのだが日によってはごはんを食べる、食べるが吐く、なにも食べない、なにか食べなきゃと思い口に入れる、吐かずにすむなどバリエーションがある。
今日は食べても食べても満腹感がなく、苦しいと思うまで食べてないと不安になるという厄介な日だった。吐くには吐いたが出た量より入れた量の方が多いので勝ち。
空腹感がないので食べる気にならない日がほとんどで、義務感使命感でなにかを食べている。
今日に関しては満腹感(満足感といってもいい)がほんとになくて胃が痛いという段階になってようやく止めるかという気分になったが、それでも不安は拭えず口に入れ腹に入れ、苦しみのポイントを貯めながら夜を過ごした。今日買った焼き芋が今シーズンベストの出来で、蜜を纏ってる上にめちゃくちゃしっとり弩級サイズの子で嬉しかった。嬉しかったのもあって口に運んだがおいしいから食べるという感じはあまりなかった。
この前白い便がでて結構ビビったのだが胆汁の分泌が足りないとなるらしい。いきなり汚い話になってごめんよ。
消化器官全般の調子が上がってない中胃に物を詰める作業はデフレスパイラルなのかもしれないけども、いまここにある不安を逃すにはより強い刺激入力が必要だったりする。胃を休ませた方がいいのか、でも休むとすぐ小さくなってなにもいらなくなるしなーと困ったりしている。

今日から稽古が始まるのでぼくはせっせと見学にいく。まずは今、寝たい。
もしかしたら稽古に行けるようになるのでは、と思っていた半月前の僕よ、やはり今は見学でよかったと思うよ。
何も食べれず食べれば必ず吐いてた9月の頃よりはマシになってきたかもしれんが、まだ安らぎはないので治ったとは思わない。

そんな感じです。
ほいじゃおやすみなさい。

2017-11-12のキア無・理ーブスがゆく

あっという間に11月。先日23歳になりました。
毎年誕生日はエモい気持ちになってエモい文章を書き、Facebookでいいねをもらって悦に浸るという恒例行事があるのですが、今年はそんなエモさが湧く前に体調が悪くて出来ませんでした。
困ったものですね。

みなさんはお元気ですか。
僕の方は相変わらずです(相変わらず元気でないの意)。

今日は1年生ミーティングというものがあったので前回のエントリぶりに信濃町まで行きました。
ワクワクしたのかなんなのか7時くらいまで寝られず、コンビニにほうじ茶ラテを買いに行くと(最近ほうじ茶ラテ市民権あって嬉しい)、空が澄み渡る白さと朝焼けのペールトーンで綺麗だなと思いました。ついでに空気を吸うとクールなフレイバーでとても爽やかでした。
気持ちのよい目覚めみたいですが、そのあと頑張って寝ました。
昼頃めざましかけたけどそれとは関係なく起き、はわはわしながら電車に乗ります。
とりあえず起きられたので第一関門クリアですね。

今は集中講義の真っ最中。今日はダンスの最後の授業で、ちょうど稽古場に入るとラストダンスを踊ってるところでした。
熱気がすごい。あとみんなの楽しそうな踊りを見てると自分は踊ってないけど楽しい気分をもらった気がしました。なんなら少し踊りたかったなと思ったのは我ながらびっくりです。
集合写真を撮る時にみんな気さくにベっぴーも入りなと言ってくれたのでありがたくお邪魔しましたが、みんなが半袖のシャツの中、コートにマフラーの文化部が紛れ込んでしまいとても場違いだなと撮れた写真を見て苦笑いです。

卒公で野枝を演じる先輩に『村に火をつけ白痴になれ』って評伝を貸すと約束していたのでそれをようやく渡せました。「12日に行きます。もしかしたらもっと早くいけるのでその時渡します」といっていたのに12日より前には持っていけず、デッドラインこそ割らなかったものの日々わだかまっていたミッションを達成しました〇。
あとベイビードライバーにハマった同期にショーンオブザデッドとホットファズを貸す約束を守れたので◎。


ほんでもって1年生ミーティングです。
ざっくりいうと来年以降の話とかも出てみんなちゃんと発言してて頼もしいというか燃えたというかワクワクしました。進級当初、係を決める時の話し合いは遅々として進まず、なんかイライラしたので僕がやるよという局面もあったり大丈夫なのかこれと思ったものですが、あれから7ヶ月、みんな頼もしくて僕の自慢の同期だなーと思いながら見ていました。
そんな中で自分も力になりたい、戦力になりたい、頼りにされたい、みんなに貢献したい、足手まといはいやだー、どうして僕は無力なのだという感情がグルグルしており、どうしてこういう時にすっと手を挙げられないのかねーともどかしく思いつつ、パンフチラシの助っ人にはしれっと収まることが出来ました。
やるといっといて出来ないのが一番いやなのだけど、そこを張り合いにして出来たらなーと思います。
みんな優しいから大事にしてくれるけどそれに甘えると立てなくなりそうなのでつかまり立ちから始めたいです。自意識のある赤ちゃんってきっと怖いだろうと思いますが、ぼくは色々1人前じゃないので今はそんな感じです。
会議中、僕に文章を書く仕事を振りたいという流れがあったのは素直にありがたく、場違いな文化部にも居場所はあるのだねーとしんみりしました。
先月は元気になっても意味ないなーとか思っていましたが、僕の帰る場所はあるので元気になりたいですね。

ミーティングが終わるとこのまますぐ帰るのも物足りなく思え、同期が行くといっていたのに便乗する形で代官山でやってるカクシュク展という展示を見に行きました。
同期や先輩がパフォーマンスしたり、展示をしたりしとるらしいのはTwitterで見て知ってましたがまさか行けると思わなかったので嬉しくもあり、同時に乗り換えで出くわす人混みにあ、これは、あ、あ、と弱気になりつつ、どうにかおしゃれタウン代官山に初潜入しました。
展示はオシャレーなカフェの2階で、オシャレーにやっていました。
パフォーマンスは見れなかったけど、女の子たちが毛糸を引っつけてたりするので猫みたいだなと思いました。

帰りは渋谷で乗り換えで、人混みの中町山さんの新刊を買いにいって大幅にHPを削りながらもどうにかこうにか帰宅しました。
いまお風呂に埋まりながらトランボみたいにこのブログを書いています。
人に会うのはエネルギーを使いますが、その分エネルギーを貰うことを何百回目かで知る1日でした。
人から貰うエネルギーの総量が早いとこ使うのを上回るといいなー。

今日はこういうやや腑抜けた文章でご機嫌を伺いました。
ほいじゃ。

2017-10-30のヴァンパイアストライクスバック

今日は曇り。

一昨日、面談にいった。
駅から事務所までの道行きで稽古終わりの同期や先輩とすれ違い、ある子なんかは「べっぴー!」と駆け寄ってきてくれてとても面食らったが同時に嬉しくもあった。希少な野生動物の気分。
みんな腫れ物を触るような目つきをしてくるかと思ったけど、その表情には驚きと安堵みたいなものがあったような気がする(希望的観測)。
痩せたねー髪伸びたねーと言われるのに上手く返せず「U田さんに会いに来ただけだから」と無愛想に答えてその場を離れた。

面談は結構つらかった。
非難されたりはなかったけどこの機会にいま1度直したら?特にこれからも役者を続けるならと言われたくだりはグサグサきてつらかった。
言葉がうまく出ない場面もあったけど辛抱強く聞いていただけて、出演はしないにしてもどうにかなるべく稽古場にくるというところに着地した。
出れるか出れないかはこちらで判断するからとりあえずやって、と言われた時はそうやって中途半端にやってダメになるのが一番嫌やねんと思ったが、期待されてることの裏返しなのかなーと帰りに思った。
優しい提案だと僕がすぐ遠慮するからやや強めの要求をしてはるなーというのも分かり、分かってしまうから余計につらかった。
たぶん最初に心療内科で先生に話をした時にペース配分が分からなくて酸素が足りなくなった高二の時以来で、泣きすぎて手足が痺れて怖かった。みなさん、人間は泣きすぎると手足が痺れるので気をつけてください。
さんざん嗚咽しおわって帰る前に「今はちゃんと声も落ち着いてるし、呼吸も深い」と言われてようやく自分の状態が分かり、自分の状態を把握するのが一番の仕事なのに出来てねーなーと思った。

帰ってから気を張ってたのもあっていつにも増して食欲なかったし、かろうじて食べたパンも戻した。
次の日も全然動けなくてやろうと思ってた家事に手を出せなかった。
そして今日、とりあえず来なって言われていた読み合わせ。

寝ても寝足りなくて昼寝をしたら余計にだるくなってこれ読み合わせ行けなくねー?と思った。
高校の頃の友達にLINEして励まされながら、どうにか着替えて電車に乗った。
よりによってめちゃくちゃ寒い。2週にわたって台風通り過ぎて、あっちゅう間に冬だ。
行きの電車はブレードランナー2049のKとジョイのことを考えて勇気を貰っていた。自分が何者であるかとか、自分が他者と比べてどうであるかということよりも何がしたいかでしか人間は規定できない、不経済で非効率な存在だなーと思う自分はなによりも人間なのではあるまいか、お、Perfumedocomoの広告見っけラッキーなどと考えていると信濃町に着いてしまう。

稽古場につくとここでもやはり希少な野生動物の気分を味わうことになるが、かけてもらえる声は明るくて、自分がまだ不要なものではないのではないか、と信じられそうになる。
お、べっぴーと驚かれるのは思ったほど嫌じゃないが、なにも反応してない人もいることを考えると喜んでる場合でもない。元気になったから来たと思われると辛いので今日はただの見学です、としきりに強調する。
しかし読み合わせの頭数に入れられており、断るのもなんか申し訳なくなって参加させてもらう。
まず声の出し方を忘れており、か細く力のない喉の声しか出ない。そういう演技プランとかではまだなくてなんというか恥ずかしい。でも読み合わせで他の人の反応を見るのは悪いものではなく、小学校の頃の発表ならクスクスされるの嫌だが自分で狙った演技に笑顔を浮かべている人を見るとやや安心する。
それになにより他の人の演技というか声を聞くと面白いなーと思ってしまった。
2時間半だったけどどっと疲れて誰かにごはんに誘われたりして断るのもいやだし、そもそも誘われないのに残ってるのも嫌なのでササッと帰る。
吐くの嫌だから1日何も食べずにいたらぼーっとするし、気苦労で肩が痛かった。

そんな感じです。
このままなにもせずにフェードアウトするのも辛いし、無理して稽古出るのも辛いからその中間に着地していけたらなと思う。
卒公なのに僕だけ徒歩でトボトボ足並み揃わないのは辛いけど、隊列に加わって走れと言われて走れるわけではない。
走ったら案外走れるかもよ、という人もあるだろうが、外発的に走ったとしてそれは果たしてなんなんだろうと思う。
幼い子は言葉を覚えるのが早い、という時幼い子の選択権は考慮されていない。

僕を見て喜んでいる人がいることだけは嬉しいと思えた。先日の泣くに続いて嬉しい、という情動があり、この些細な収集には人間味を感じる。

まだ眠れない夜のせいでポケットは無気力でパンパンです。

2017-10-26の鎮まらないものへ

今日は激烈に晴れ。雨ばかりだったのに。
寝られなくてしんどいのは入力のしすぎなのではと思ったので書く。

昨日の夜、家にいると頭がぐるぐるになってきて苦しいので家を出て散歩した。母が帰ってからは10日ぶりの散歩。
といっても5分くらいだったけど。
するとひと月半ぶりに12時前に寝られて2時半に起きた。
肉体の疲労から眠くなるという感覚が久しぶりで嬉しかったが、起きたら2時半というのにややがっかり。
そのまま寝付けず『続荒野の用心棒』を見てジャンゴかっこいいなーと思い、だるさはあるけど眠さにならない生殺し状態で8時を過ぎたのでもう外に出ても徘徊と名指されない時間だしと思って外へ出る。
外に出る前にやたらに朝日が眩しかったので掛け布団を干した。

モスバーガーでBLTサンドを食べた。
そのあと吉野家で明太子牛鉢定食を食べた。
いずれも食欲を満たすための食事ではなくて、不安感を薄めるための経口摂取である。
口の中にものが入ってるとその刺激が脳にいってるちょっとだけ他のことへの反応や思考が麻痺するので食べてる間だけ楽になるという仕組み。人はこれを利用してやけ食いなどをする。
あとここ最近味がわからなくなってきて、辛いものとか濃いものじゃないと不安になってしまう。
ずっと家にいるのでお腹もすかないが、さすがに1日1食くらいなにか食べようとスーパーやコンビニにいき、途端になにを食べたらいいのかわからなくなって、それなのに目の前には無数の食べ物が提示されてるので、なんだか怖くなってやたら店内をぐるぐるしてしまう。どうにか選んだものも心から欲したわけではないので口に入れても特に幸せにならない。減っていたものが満たされたなーという感慨もなく、さっきまで感じていたなにか食べなきゃという焦りを束の間忘れさせてくれる物体を口に入れているという感じ。
食べたら必ず吐くということは少なくなったが、食欲はないのに食べなきゃという使命感だけはあり、結果、刺激の強いものを食べてしんどくなるを繰り返している。
以前はよくお腹が痛くなったが最近はそれもない。いいことなのかもしれないけど、働きが鈍っているのか食べる前と食べたあとで満腹感がわからない。だから多めに食べて苦しくなって気づくか、視覚的にこんだけ減ったからこんだけ入ったんだなと思うことが多い。
1度コンビニに売ってる激辛のカップ麺を食べてみたら辛いなーがわかったからいいものの、食べたあとでお腹が痛くなりすぎて下痢するわけでもなく延々苦しくて寝られなくて唸ってたし自分の蛮勇を呪った。胃腸が強くなったわけではなくて知覚がおかしいだけなのだろう。

前ほど映画が楽しめない。そのせいで不安になって余計に見てしまう。過食と同じ原理。
楽しめないわりにTSUTAYAで10本も借りるのは元気だった頃の「映画を見れなくなったらおしまい」という暗示と週に1回必ず外出するきっかけ作りだが、ごはんでさえなにを食べたらいいのか分からなくなって立ち往生したのに無数のタイトルの中から少しでも興味のある可能性を探すのは難儀するしこの前は一時間いて少しも楽しくないのに選ばなきゃ選ばなきゃと思ってしんどくなった。
元気だった頃は渋谷のTSUTAYAであれも見たいこれも見たいになっていたことを思うと元気ではないことが察せられる。

新作映画を映画館まで見に行くのも食事の時と同じくスマホの電源を切って真っ暗の中で大きな音と映像を眺めるというのが入力されてる間は既存のデータ処理に翻弄されないという理由である。映画館で映画を見ること自体はデータ処理ではなくて流れている川を眺めるみたいなもので、とりあえず止まっているものがつらい。それは部屋のDVDの背表紙とかなのかもと思い、タオルをかけて目隠しをしてしまった。
こうやって苦痛を伴いながら映画を見るのは、まるで生前の趣味をトレースすることで外形的にその人物に成り代わろうとするゾンビ的な何かになったみたいだ。

次の発表会の稽古が始まろうとしているが、まだまだ創造的に意欲的に作品に関わることの出来る体調じゃないので「出ません」と先日連絡した。出たくないというより卒業発表会なのに病人が出るというのも迷惑だし、出られたらよいけどまた稽古にいけなくなって途中で迷惑をかけるのが嫌すぎるので初めから出ませんに至った。年2回発表会にでる決まりでまだ1回しか出てないから、無理矢理にでも出なくちゃいけないというのがしんどいから出ませんにした。
選ぶことがしんどい中でかなり大きめの選択をして疲れた。

そしたら今日の夜に研究所の主事補佐の人から電話があって心配され、明後日話をしに行くことになった。具体的にいうとちょっとでも卒公にでてみないかという話。
電話してたら怒られたわけでもないのに勝手に泣いていてびっくりした。まだ泣けるんだということにびっくりした。なにかを期待されるのが久々だったからかもしれない。
電話が終わったら泣いたせいなのか手足がめちゃくちゃ冷えて慌てて風呂を沸かした。
電話を終えた時は緊張感とか恐怖感よりも泣けたデトックスなのか前向きな感情があって親や友達に報告したのだが、しばらく休むつもりで納得したものが、いざ動く用意をしなくちゃとなると無意識下でザワザワしているらしく、寝られなくなっている。

今日散歩から帰って昼寝した時に、1日遅れで稽古に行くという夢を見た。そのあっさりした受け入れられ方に拍子抜けしたが、起きてからも覚えている。
だからなんだという話ではあるが、僕が高校にいけるようになったのも夢の中で高校にいってたからで、今回もまたそのような啓示なのかと思ったりした。泣いたのは出たいという気持ちやここで終わりたくないという気持ちの発露なのかもしれないけど、まだ出るとは思えない。

天気がよくて朝日を浴びて朝ごはんを二回も食べて、昼寝で稽古に行く夢を見た日に今後のことの話し合いの予定が入る、と色々ありすぎて気が休まってない。

うーん、困ったねー。

ソナチネとか

連日雨です。台風が来るそうです。

アウトレイジ最終章』を見てTwitterみてたら『ソナチネ』に似てるという話を見かけたのでソナチネを見ました。
北野武映画はアウトレイジシリーズと座頭市とキッズリターンと監督ばんざいくらいしか見てなかったので今回は『その男、凶暴につき』と『ソナチネ』を借りました。

『その男』は北野武第1回監督作品。
刑事さんの話。若い頃の武は本当にイケメンとも違う男前とも違う、でも視線を惹き付ける魅力のある面構えをしており、凄いなと思います。背だって高くないし、目鼻立ちも涼しい訳じゃないのに妙に見入ってしまう。
ほんで『ソナチネ』はヤクザが沖縄にいくお話。
言われてみれば『アウトレイジ最終章』に似てるというのもわかる。海辺で舎弟と遊んでる、組同士の諍いが段々ややこしくなるなど。
でも一人の監督が作る映画なんだから基本的に似るのは当たり前な気もします。
『最終章』はアウトレイジにしては大人しいところあったけど、作品の空気としては相応しかったと思うし。

そう『ソナチネ』がとても美しかったという話がしたかったんだ。
撮影柳島克己、音楽久石譲という北野映画っぽいスタッフになっているので冒頭いきなり流れるメインテーマがものすごく久石譲。軽めの音が反復されていくやつ。ちょっと音楽が饒舌すぎるのでは?というくらい久石譲が香る。『アウトレイジ』とかの鈴木慶一はあんまりでしゃばらないけどノイズっぽくて画調にはあってる。
ソナチネ』はどこか夢っぽいというか浮遊感、非現実感があってそれはヤクザが沖縄に抗争の助っ人にいったのにすることなくて砂浜で遊んでるからかもしれない。寺島進勝村政信が拳銃使ってキャッキャいったり、兄貴分の大杉漣も混じったり。特に夜、ロケット花火を打ち合うシーンは青い画面に白い煙がたなびいて、花火がプシューパチーと輝いて、武が拳銃をパンパン撃ってとはしゃいでる感じがよく出てて好きだった。いい映画は風の表現がうまいと常々思うが、このシーンはまさにそうだなと思った。
沖縄だし自然は色鮮やか、舎弟たちも柄シャツを来てるのに武だけがずっと白いシャツなのが幽霊みたいだった。永遠に遊んでいたいのに鳴ってしまう5時の鐘というか、二学期の始業式というか。そういう感傷を誘う映画だった。
町山さんがいってたから意識してみたらやっぱりどこか破滅願望のある人というか消滅願望がすごいなと思う。それが凄くさびしくもあり凄みもある。テレビという賑やかな世界にいるのにずっと空虚なものを抱えてるんだろうかなどと思った。
一番よかったのは『ソナチネ』も90分ちょい『その男、』も『最終章』も100分ちょいしかないということに気づいたことである。
元が芸人だから撮影も1回勝負という話もきいたことあるが、瞬発力があるからダラダラ続けないというのがとても凄い。自分で脚本、編集、監督するとなると自分語りを3回やるみたいになってあれも言いたい、これも言いたいになりそうなのに『その男』も『ソナチネ』もあんまり喋らないのが凄い。『アウトレイジ』は逆で喋るだけ喋っても面白いから凄い。
『キッズリターン』は3月に見たからってのもあるけど妙に春の終わりの空気があって『ソナチネ』は夏の終わりって感じ。
まぁなんというか北野武恐るべしと改めて思いました。

あと最近『地獄のバスターズ』と『特攻大作戦』という戦争映画を見たんですけどどっちも面白かった。タランティーノの『イングロリアス・バスターズ』が元々好きなんだけどその元ネタになった映画です。
『地獄の』は刑務所送りになる途中の軍人たちがひょんなことからナチスを潰す作戦をすることになって〜みたいな。大筋だけはイングロリアス・バスターズに似てるけど中身はぜんぜん違った。あと吹替が玄田哲章大塚芳忠大塚明夫だったのも嬉しかった。
特攻大作戦』は死刑囚12人を特赦と引換に特殊作戦に従事させる話で、ほぼROOKIESです。担任の先生と荒くれ者の不良共との青春スポ根。リクルート&トレーニング&バトルという『七人の侍』と同じ仕組みなので面白くない訳が無いんだけどとても面白い。『13人の刺客』の方が近いかもしれんけど。
偉いのは過去パートがないことで、悲しい過去とか描かずに現在の時間の中でキャラを描いてること。『スーサイド・スクワッド』、お前に言ってるんだぞ。

あと全然話変わるんですけど
僕が出られなかった舞台の写真がとてもみんなかっこいいです。
文学座附属演劇研究所ブログ更新。「2017年度研修科発表会『ペンテコスト』舞台写真」
https://ameblo.jp/bungakuzakenkyujyo/entry-12321436489.html

みんなも『ソナチネ』を見て夏の終わりを味わいましょう。台風に気をつけてください。